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2019-12

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浅草寺

Sさんが楽しみにしていたHt夫妻との会食。
Sさんの風邪からようやく普段通りの生活ができるようになった。鍛えていたので、こんなに長引くとは思わなかった。何時もは私が早々と風邪をひいて、ぐずぐずと治らず苦労するのだが、Sさんが酷い風邪を引いたので、私は風邪をひく間もなかった。私も咳が出て、いよいよ引いたかと思ったが、Sさんの風邪ひきでおろおろしてるうちに治ってしまった。
浅草ビューホテルで会食だが、Sさんは早めに行って浅草寺でお参りしようと言う。
浅草寺は良く行ってるが、夜景の浅草寺は初めて。
雷門。「雷門は、浅草寺の山門。正式の名称は、風雷神門。」「941年、安房国の太守であった平公雅が、武蔵国への配置転換を祈願。翌年、配置転換の願いが叶ったことから、新天地での天下泰平と五穀豊穣を祈願し伽藍などの寄進を行った。初代の雷門に相当する門は、その際に造られたとされる。」
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「雷門につり下げる大提灯。半世紀前からパナソニック(旧松下電器産業)が奉納を続けてきた。11月11日、6代目が京都市山科区の高橋提灯の工房でできあがった。18日に浅草寺で奉納式があった。」(クリックすると拡大)
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仲見世通り。「仲見世は日本で最も古い商店街の一つです。徳川家康が江戸幕府を開いてから、江戸の人口が増え、浅草寺への参拝客も一層賑わいましたが、それにつれ、浅草寺境内の掃除の賦役を課せられていた近くの人々に対し、境内や参道上に出店営業の特権が与えられました。これが仲見世の始まりで、元禄、享保(1688? 1735)の頃といわれます。」
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浅草寺。「推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音像である。この像を拝した兄弟の主人・土師中知は出家し、自宅を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりという。」
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五重塔。ライトアップされており実に美しい。「再建前の塔は慶安元年(1648年)の建立で本堂と同様、関東大震災では倒壊しなかったが昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失した。現在の塔は本堂の西側、寛永8年(1631年)に焼失した三重塔の跡地付近に場所を移して、昭和48年(1973年)に再建されたもので・・・」
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お参りは5時までだった。〆られる寸前に飛び込んでお参り。良かった。
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五重塔とスカイツリー。Sさんの指導で撮影。
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木馬館。Sさんがこんなところにあるのと驚いてる。
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浅草演芸ホール。
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浅草ビューホテルに到着。ロビーでHt夫妻の到着を待つ。
お二人が到着して「唐紅花」に向かう。
27階。高所恐怖症のSさんは窓際を避ける。
楽しい食事会が始まる。
Ht夫人とSさんの話が弾んで楽しそう。
音楽の話、陶磁器の話、映画の話、旅行の話、などなど。
Htさんは夫人あってのHtさんと思う。
無論、私はSさんあっての私。
Htさんが山に登ろうかなと言うので、歓迎する。夫人がこのお腹をへこまさなければ無理よと言う。降りで膝を痛めるので少し鍛えてくださいと言っておく。
上海蟹の紹興酒漬けは絶品。
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お腹一杯になってしまった。
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