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2019-12

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沖縄離島観光終了





沖縄観光旅行の最終日。
Shさんに宜野湾御殿の墓に連れて行って貰う。「宜野湾御殿は、第二尚氏王統第19代尚泰王の次男・尚寅、宜野湾王子朝広を元祖とする御殿(うどぅん、王家分家)である。廃藩置県後、尚寅は華族に列せられ男爵となった。尚寅は最初山川の墓に葬られたが、1911(明治44)年3月、現在の末吉の墓に移葬された。 宜野湾御殿の墓は、元は具志頭御殿の元祖・尚網、小禄王子朝奇(第11代尚貞王三男)を葬るために造られた墓である。小禄朝奇は尚貞王代から尚益王代にかけて8年間、摂政を務めた人である。墓の正確な造墓年は不明であるが、1738(乾隆3)年に朝奇がこの墓に移葬されたと『王代記』に記されているので、造墓年も1738年と推定されている。」
お参り。
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旧海軍司令部壕。「昭和19年(1944年)日本海軍設営隊(山根部隊)によって掘られた司令部壕で、当時は450mあったと言われて います。カマボコ型に掘り抜いた横穴をコンクリートと杭木で固め、米軍の艦砲射撃に耐え、持久戦を続けるための地下陣地で、4000人の兵士が収容されていました。」
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司令官室。
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資料室は涙なくして見ることが出来ない。
太田司令官の最後の電文。
「・・・つまるところ、陸海軍の部隊が沖縄に進駐して以来、終始一貫して勤労奉仕や物資節約を強要されたにもかかわらず、(一部に悪評が無いわけではないが、)ただひたすら日本人としてのご奉公の念を胸に抱きつつ、遂に‥‥(判読不能)与えることがないまま、沖縄島はこの戦闘の結末と運命を共にして草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。食糧はもう6月一杯しかもたない状況であるという。沖縄県民はこのように戦い抜いた。県民に対し、後程、特別のご配慮を頂きたくお願いする。」
再びこの悲劇を繰り返してはいけないと痛感。
最後に那覇市歴史博物館を見学。
「特別展示室では国宝 琉球国王尚家関係資料(1,251点)の工芸品(85点)や文書・記録類(1,166点)の展示替えを行いながら公開しています。王国の象徴である王冠などの王装束や刀剣、あでやかな紅型や絣衣裳、さらに格調高い漆芸品や金工品、陶器からは、高度な技術で製作された特色ある琉球の造形美がうかがえます。」琉球王朝唯一の王冠を観賞。気品があって美しい。
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全て終了。Sh夫妻に言葉にいつくせない程、お世話になった。また来てくださいと言われて、嬉しくなる。
お二人に分かれて、那覇空港へ。
家にたどり着いて、庭に草花が無事なのを確認してほっとする。Sさんが念入りに給水器をセットしたおかげ。
西表島や宮古島が素晴らしかったと話し合う。
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