FC2ブログ

2019-11

Latest Entries

鎌倉天園

庭の朝顔。(クリックすると拡大)
IMG_2115adsdsa (480x640)
ポンテテリア。
IMG_2120vbcvb (480x640)
今年はSさんの手入れが良くて花期が長い。
IMG_2121sdfsd (480x640)
鎌倉アルプスハイキングに出かける。スポーツドリンクは二本。お寿司もコンビニで買う。
北鎌倉の駅に着いたら、カメラを忘れてたのに気が付く。止む無く携帯で撮影。
円覚寺は横目で見ながら手を合わせてパス。
130727_1204~01dfgfg
暑い。直ぐに汗だらだらになる。半ズボンのTシャツ、野球帽のいでたち。
建長寺。
130727_1218~01fdf
「鎌倉時代の建長5年(1253年)の創建で、本尊は地蔵菩薩、開基(創立者)は鎌倉幕府第5代執権北条時頼、開山(初代住職)は南宋の禅僧蘭渓道隆。」
法殿。「法殿は、仏の大法を説く場で、禅宗で最も大切な堂。建長寺では室町中期以降法殿を仏殿と兼用する状態が長く続いたが、山門の再建に続き、1814年に建設された。」
130727_1222~01fdgfd
唐門。「建長寺の方丈の正門は、「唐門」と呼ばれている。屋根が唐破風になっている門という意味。」
130727_1225~01fddf
外国人が盛んに蓮の花の写真を撮ってる。
130727_1226~01fggf
130727_1227~01gfhhg
半僧坊に続く長い石段。
130727_1234~01fgfgd
「半僧坊は境内のもっとも奥、山の中腹にある、建長寺の鎮守である。ここに祀られる半僧坊権現は1890年に当時の住持であった霄貫道禅師が静岡県引佐郡奥山(現・浜松市)の方広寺から勧請した神で、火除けや招福に利益があるという。半僧坊権現とは、後醍醐天皇皇子の無文元選禅師の元に忽然と現われ、無理やり弟子入りした白髪の老人で、神通力を持っており、無文禅師が死去するとその老人も姿を消したという。半僧坊へ上る石段の途中には天狗の像がある。」
烏天狗たち。
130727_1238~02dffd
大天狗。
130727_1239~01fghhg
130727_1241~02gffg
奥ノ院でお参り。
130727_1241~01fgfg
建長寺の山門から、仏殿、法堂など建物が一直線に並ぶ。
130727_1246~01gfhhg
ハイキングコースに入る。ここは今年に入ってから、3回目。
十王岩。「左から如意輪観音(観音菩薩)・地蔵菩薩・閻魔大王。昔は、風の強い日に、このあたりの山に吹き上げる風の音が泣き声のように麓の里にも響き、「喚き(わめき)十王」と呼ばれたという。」
130727_1254~01gfhhfg
「この洞穴は「やぐら」と呼ばれる鎌倉とその周辺部に見られる中世の墳墓なのです。鎌倉の柔らかい岩盤を横穴で内部を矩形に切り抜いて、その中に納骨施設や供養塔・石仏などを安置したものです。」
130727_1257~01ghffh
岩の間を抜けて。
130727_1309~01fgfg
大平山。標高159メートルで、鎌倉アルプスの最高峰。
130727_1326~03cvbvb
ここで大平山を見ながら木陰で弁当。最初は誰もいなかったが、どどどっと団体さんが来た。それに気を取られたら、お寿司がころころと地面に落ちてしまった。砂を払って食べたがじゃりじゃりする。腹を壊すこともなかろうとジャリジャリしながら食べてしまった。
天園峠の茶屋を通過。春に仲間たちと来た時は、ここでおでんを食べた。
130727_1346~01dfggf
見晴らしのポイントに寄る。鎌倉市街、相模湾、伊豆半島が見えるはずだが、霞んで見えない。
130727_1348~01fghh
二組ぐらいに抜かれてしまう。口の中がまだジャリジャリするのでスポーツドリンクで流し込む。
ヤブミョウガ(薮茗荷)。
130727_1351~02dfgdf
ちょっと山道らしいところ。
130727_1401~01dfg
「やぐら」が多い。
130727_1411~02dsfd
何時もは瑞泉寺に向かうのだが、行った事のない明王院のコースを取る。
最初は左側が林で右側に住宅街が迫って来ていたが、次第に両側が林となり深山に迷い込んだような感じになる。人も来ないし、これはなかなか良い。
うらぶれた社。
130727_1427~01fgfd
携帯をかけているおじいさんとすれ違ってがっかり。次に若い男女のパーティとすれ違って、深山幽谷の夢は消える。
明王院に到着。撮影禁止だった。お参りをする。「明王院は1235年(嘉禎元年)、鎌倉幕府四代将軍・藤原頼経により建立されました。 鎌倉幕府の将軍の発願によって建立された、鎌倉市内に現存する唯一の寺院です。 幕府の鬼門の方角に当たる十二所に鬼門除けの祈願所として、五大明王をおまつりしています。」
130727_1439~01dfgf
途中道がわからなくなるが、バス通りに沿ってどんどん進む。浄明寺らしきお寺が、あったがパス。
杉本寺に到着。ここは前から来たいと思っていたところなので、拝観料を払って中に入る。
130727_1501~01gfhhgf
「茅葺屋根の山門を守る仁王像は運慶作と伝えられている 。」
130727_1503~02rtrt
大蔵弁財天堂。「財宝、利得の神、弁天尊をお祀りしている。古来より、当山の弁天尊をお参りすると大きな蔵が建つ程富に恵まれるという言い伝えがある。」
130727_1504~01fghfg
「734年(天平6年)行基が十一面観音を安置して創建したのに始まると伝えられる。1189年(文治5年)堂宇が焼失しているが、このとき観音像は自ら本堂から出て、境内に避難したと伝えられる。その後、1191年(建久2年)には源頼朝によって再興されたという。背後にはかつて杉本城があり、足利方の武将で鎌倉府執事を務めた斯波家長(?-1337年)が拠ったが、南朝方の北畠顕家に攻められ、この寺で自害している。」
130727_1516~01fgfdg
お参りする善男善女が多い。中に入ってお参りする。「十一面観音像は三体あり、一体は734年行基作(市文)、中央は851年慈覚大師作(国文),右側は恵心僧都作(国文)・源頼朝寄進の十一面観音、山門仁王像(同),毘沙門天像。」
「死者を供養する五輪塔がたくさん集まっています。五輪塔とは、古代インドにおいて宇宙の構成要素と考えられた5つの要素「地水火風空」を、 下から地輪、水輪、火輪、風輪、空輪として、積み上げたものです。」
130727_1515~02fghhf
念願だった杉本寺に偶然、お参りで来て大満足。
更にどんどん歩いて、荏柄天神社を通過。
130727_1535~01ghgh
鶴岡八幡宮も通過。
130727_1551~01gfhg
小町通りを通って帰る。生ビールが飲みたいところだが、一人じゃ詰まらん。電話したらSさんが家にいたので、帰ったら一緒に飲もうと言って我慢して帰る。
シャワーを浴びて、麦酒麦酒。頂きもののソーセージと枝豆、玉葱のスライスを魚にSさんと楽しく飲む。実に美味い。すっかり良い気持ちになる。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yamadakunimitsu.blog130.fc2.com/tb.php/1191-549c3d23

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

Y・K

Author:Y・K
FC2ブログへようこそ!
スキー、山、コーラス、俳句、仲間との団欒が大好きです。無論Sさんが一番好き。 Y・K
201103200159095c1[1]

 

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

 

 

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

 

QR