FC2ブログ

2019-11

Latest Entries

YMS温泉会

YMS温泉会に出かける。今日は湘南平ハイキング。
Kmさん幹事。昨夜、西東京の会の飲み疲れが残っており、Sさんが心配したが、標高168mのハイキングなので大丈夫と出かける。
大磯の駅に早めについたと思ったらKm幹事とThさん、Tjさん、Ksさん、愛知からのHrさんらがもう来ている。次々と到着。続いてHyさん、女性はKrさん、初参加Sgさん、Is親子の11名。
Kmさんからコースの説明を受ける。Kmさんはあらかじめ歩いて下見をしてきてる。6k位の3時間半から4時間半のコース。
Isさんの3歳のIkちゃんは昨年も参加。Isさんは参加を迷ったらしいが、今回も参加。全コースは歩けるかな。Ikちゃんは抱っこを期待してる。
10時7分に出発。最初は、島崎藤村の墓のある地福寺。藤村の墓はひっそりとあった。妻静子さんの墓も傍に寄り添うように有る。「藤村の読経・埋葬式は昭和 18年8月26日に地福寺にて催され、安田靱彦氏や有島生馬氏等多数の参列者に見送られました。有島氏が『夜明け前』の一編を朗読、静子夫人が安田画伯の庭に咲いた只一輪の白の芙蓉の花を捧げました。棺には愛用していた筆や紙、タバコやパイプを、埋葬時には執筆中の『東方の門』を掲載した刷り上りの雑誌が投げ入れられました。 (昭和18年8月26日神奈川新聞より抜粋)」
(クリックすると拡大)
IMG_3642aaaa (640x480)
後で聞くと土葬なので場所を取ってるそうだ。
次に新島襄終焉の碑を探す。Kmさんの下見で見落としたらしいのでSgさんが探す。
「新島襄は、明治22(1889)年11月、病に倒れたのを機に知人の勧めもあり、12月28日、神奈川県大磯にある百足屋旅館の別館の愛松園にて静養し再起を計ることになりました。しかし、翌23年1月20日危篤になり、23日午後2時21分 48歳の生涯を終えました。 この「新島襄の終焉の地」の石碑は、昭和15(1940)年、新島襄の門下生が集い、旧百足屋の玄関だった場所に建てられたものです。石碑の文字は、徳富蘇峰の筆によるものです。」
IMG_3653aaaa1 (480x640)
湘南発祥の碑。
IMG_3659aaaa1 (480x640)
紅白の花桃。
IMG_3660ertre (640x480)
鴫立庵の碑。
IMG_3661ryryt (640x480)
入り口は風情がある。
IMG_3662sdffsd (480x640)
「鎌倉時代の有名な歌人・西行法師が、「こころなき 身にもあわれは しられけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ」という和歌をこの地で詠んだ。江戸時代初期に、崇雪という俳人が、西行を慕って大磯・鴫立沢のほとりに草庵を建て、その後これが鴫立庵と呼ばれた。」「寛文4年(1664年)、小田原の崇雪がこの地に五智如来像を運び、西行寺を作る目的で草庵を結んだのが始まりで、元禄8年(1695年)俳人の大淀三千風が入庵し鴫立庵と名付け、第一世庵主となりました。 現在では、京都の落柿舎、滋賀の無名庵とともに日本三大俳諧道場の一つといわれています。」
IMG_3665erter (640x480)
虎御前の碑。「虎御前は、曽我兄弟仇討ちで有名な曽我の五郎、十郎のうち、兄・十郎が愛した大磯の宿の舞姫であった。虎御前は大磯のみならず、広く鎌倉まで聞こえた舞の名手であった。曽我十郎佑成と弟の五郎時到は、1193年5月28日、源頼朝が主催した富士の巻狩の夜、兄弟の親・河津佑通を殺した仇である、工藤佑経を討ち果たした。十郎は、この夜討ちの際、討ち死にし、弟・五郎も捕らえられた後、打ち首となった。虎御前は、その後、兄弟の死を悼み、尼となって長野・善光寺に入り、二人を供養し、さらに後年は再び大磯に庵をつくって二人の菩提を弔ったと伝えられている。」
IMG_3667tryy (480x640)
「芭蕉句碑
春たちてまだ九日の野山哉
日のみちや葵かたむく皐月雨
みのむしの音を聞に来よ草の庵
はこねこす人もあるらしけさの雪
珍しい円筒形のもので、「芭蕉翁四時遺章」として春夏秋冬の句が一つずつ刻まれている。安永九年(1780)建立。」
IMG_3671aaa1 (480x640)
「西行上人歌碑
こころなき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮」
「西行歌碑は国学者、佐佐木信綱筆により、昭和26年に建てられた。」
IMG_3674aaaa (640x480)
佐佐木信綱の歌碑。「こゝろ今もいこひいまさむ波のおと松風きよきこの海そひに」
IMG_3679trret (640x480)
五智如来像。「釈迦・阿弥陀・大日・薬師・宝勝(宝生)の五仏を言い、その像は庵の後の丘の上に、東面して並んでいます。最初はこれを本尊として、西行寺などを作るのが目的だったといわれています。」
IMG_3682aaa (640x480)
鴫立沢標石 。「崇雪が建てた鴫立沢の標石の裏に「著盡湘南清絶地」と刻まれているのが、湘南という言葉の始まりといわれています。湘南という言葉はそもそも中国の湘江の南方一帯の景勝地の称であり、これにちなんで、相模国南部、つまり“相南”が湘南と書かれるようになりました。」
IMG_3683werer (640x480)
ハナモモ。
IMG_3691sdfdsf (480x640)
ミツマタの花。
IMG_3692sdffd (640x480)
島崎藤村旧宅に入る。
IMG_3693erert (640x480)
「昭和16年2月24日付のメモには、「大磯に家を借り受けておくことを思ひ立つ、大磯は温暖の地にて身を養うによし、時に仕事を携えて、かの海辺に赴くことゝす、余にふさわしき閑居なり。」と記し、翌25日に初めてこの邸宅を訪れてから後、大磯での生活が始められました。」
IMG_3694aaa (640x480)
ヒメエニシダ。
IMG_3708retert (640x480)
紅白の花桃。
IMG_3714sdffds (640x480)
道々の花が多く楽しい。首都圏自然歩道7番コースに入る。
IMG_3716sdfdf (640x480)
IMG_3717trtry (640x480)
11時7分。菜の花の道を歩く。Ikちゃんはもう抱っこ。
IMG_3718sdffds (640x480)
善兵衛池を通過。ここから登りになる。花大根。
IMG_3724dfssdf (640x480)
これは何だろう。味噌樽とか酒樽とか諸説。
IMG_3728asda (640x480)
湘南平ははるか先。
IMG_3730dfgdf (640x480)
山吹。
IMG_3744eter (640x480)
登りや階段があり抱っこしてるIkさんは汗をかいてる。代わろうと皆が声をかけるが、Ikさんは大丈夫と言う。Krさん、Sgさんが面倒を見てる。
かなりの階段を登って湘南平に到着。11時31分。
IMG_3750rtrte (640x480)
湘南平は、神奈川県の平塚市と大磯町の境にある標高181mの丘陵で、高麗山と泡垂山の山頂一帯を指す。」展望台に登る。
IMG_3751dfgdf (640x480)
あいにく曇っていて良く見えない。
IMG_3752aaa1 (640x480)
湘南海岸。江の島が見えるはずだが。
IMG_3758sad (640x480)
風が強くてかなり寒い。外で食事するのは考え物と、建物の中のエレベーター前に腰を据える。Sgさんが敷物を用意してくれている。皆で座って食事。エレベーターに乗る人が横を通るが気にしない。Ikちゃんは良く食べる。Isさんはすっかりお母さん。Krさんはこの会に女性の参加者を募ってくれている。会社が変わるHgさんの新しい秘書が元私の秘書だったMhさんと教えてくれた。会いに行こう。Sgさんは初参加だが、岡山出身で山道は慣れてるようで元気にリード。Hyさんは昨日退職したばかり、次の職場に月曜から行く。Hrさんは愛知から今朝新幹線で乗り付けて参加。ありがたいね。Thさんは事故から足の具合が良くない。頑張って歩いてる。Tjさんは公園案内の資格を持ってるので植物には詳しい。Ksさんは世界遺産めぐりが大好き。幹事のKmさんはいろいろコースを見つけてくれてありがたい。基本は子供が歩けるところ。今回は上り下りが多くて汗をかいてしまった。昨日の酒は全て出たと思う。
12時20分出発。温泉が恋しくなる。
湘南平の桜。
IMG_3768uytu (640x480)
IMG_3772erttr (640x480)
お腹一杯のIkちゃんはお母さんに抱っこされてお休み。
八俵山に到着。
IMG_3783tyuuy (480x640)
一度降ってまた登る。15kのIkちゃんを抱っこしてIsお母さんは頑張る。
IMG_3787bbbbb1 (480x640)
12時56分。高麗山168mに到着。「地元では高麗寺山とも呼ばれているように江戸時代まで高麗寺という寺が山中にあり、現在の高来神社も高麗神社として寺内にあった。高麗寺は高句麗から渡来した高麗若光を祀った古い寺院と言われるが、室町時代には数度の戦火に見舞われ、廃寺寸前にまで追い込まれる。しかし江戸時代に徳川家が権現信仰のあるこの寺を上野寛永寺の末寺とし東照宮を置いたことから隆盛を取り戻した。しかし明治時代に入るとこのことが仇となり、徳川色を消し去りたい明治政府によってこの寺は廃寺とされ、廃仏毀釈で山内の堂塔は悉く破壊され高麗神社だけが残った。高麗神社は明治時代に高来神社と改名し現在に至っている。高麗寺が健在の時は、山頂の大堂とその西側の西天照(現在の八俵山)東側の東天照で三権現と呼ばれ、大堂、東天照の地名は今も山中に残る。」
IMG_3788were (640x480)
IMG_3791aaaa1 (640x480)
ここからの下りは長かった。はらはらしたがIsさんは頑張ってる。
IMG_3797sa (640x480)
ようやく高来神社に到着。13時19分。
IMG_3807aaaa (640x480)
「当山の縁起は古く明らかではないが、神武天皇の御代の開闢と伝えられています。垂仁天皇の御代に神皇産霊尊と瓊々杵尊を祭神とし、安閑天皇の御代に応神天皇と神功皇后が合祀されたとあります。」「また古来武門の信仰が篤く、鎌倉期に将軍源頼朝が正室北条政子の安産祈願をして、戦国時代には後北条氏がわずかな領地を寄進したという文献があるという。」
IMG_3811bbbb (640x480)
ここでお参りしたりしてしばし休息。平塚に向かって出発。
IMG_3817as (480x640)
高来神社の桜。
IMG_3818tyyt (640x480)
IMG_3824aaaa1 (640x480)
後は登った高麗山。
IMG_3826aaa (640x480)
平塚に向かう途中の枝垂れ桜。
IMG_3829retrt (640x480)
平塚で、Isさん親子、Krさん、Tjさんと別れる。
湯の蔵ガーデンに向かう。途中の桜。
IMG_3831ytty (640x480)
ここからアスファルトの道が長くて嫌になる。遅れ気味になりお疲れですかとKmさんに気遣われる。
ようやく到着。14時37分。ここで温泉だけ参加のStさんと合流。
IMG_3835ertre (640x480)
温泉温泉。
大露天岩風呂、硫黄の湯、シルク乃湯、壺乃湯、高濃度炭酸泉風呂、四季乃湯、腰もみ乃湯/足もみ乃湯、電気乃湯、大噴流乃湯、高温加湿サウナと順番に入る。極楽極楽。1時間たっぷり入る。
飲み会は始まっていた。Stさんは難病を抱えてるが回復傾向と聞き、嬉しくなる。随分盛り上がる。高尾山にSgさん、Ksさんを誘う。Sgさんは今後YY会に参加して欲しい。Kmさんは年二回計画するのは大変と言うが何とか頼み込む。今月退職したHyさん、この会のメンバのHgさん、この会に入れたいSmさんの激励会をしようとKmさんに持ちかける。Thさんは足が悪いのに最後まで頑張った。最後は私の方が遅れてしまった。Hrさんは愛知から来てくれた。今夜は息子さんのとこに泊るそうだ。
わいわいと楽しく2時間近く談笑。最後に勘定が上手く出来ずにSgさんの力を借りる。Sgさんはずっとおじ(い)さん達の面倒を見てくれた。
昨日に続いてなので疲れたが、楽しかった。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yamadakunimitsu.blog130.fc2.com/tb.php/1069-11c6b770

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

Y・K

Author:Y・K
FC2ブログへようこそ!
スキー、山、コーラス、俳句、仲間との団欒が大好きです。無論Sさんが一番好き。 Y・K
201103200159095c1[1]

 

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

 

 

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

 

QR