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2013-06

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内子 時間が止まる(その2)

Sさんお目当ての内子町町並みにさしかかる。
「八日市護国の町並みの特徴は、浅黄色と白漆喰で塗りごめられた重厚な外壁があり、棟を街路と平行に通す平入造りで、街路に面した壁面が通っています。隣家との間には、道路や水路空間を残し、この路地空間は、他所では見られない造形美を醸し出しています。」(クリックすると拡大)
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「町家資料館」に立ち寄る。
「江戸時代の町家の特徴である、蔀戸や大戸などを全面的に開放できる造りの建物です。寛政5(1793)年に建築されたものを復元修理したもので、当時の町家の構造を知ることができます。土間には生活用具や農工具も展示しています。」
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懐かしい階段箪笥。
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朝食のお膳か。
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町並みを楽しむ。時間が止まった。
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本芳我家。「江戸時代末から明治時代にかけ木蝋生産で財をなした豪商の家で、随所に漆喰を使った鏝絵や懸魚、また鬼瓦などの意匠が見られます。」
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広大な庭。
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町並みを行く。
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「木蝋資料館上芳我邸」「上芳我家は、内子最大の製蝋業者であった本芳我家から文久元年(1861)に分家した家で、木蝋生産を営んだ商家です。明治から大正にかけての内子の製蝋業者数は23軒あり、生産量は愛媛県の約4.5割を占めたと推定されます。木蝋産業が最も栄えた時期には、国内での木蝋生産量は日本一となり、海外にも多く輸出されました。」
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「明治27年(1894)に建てられた主屋をはじめ、各建物は質の良い材をもちいており、敷地も往時の面影がよく伝わってきます。」
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内庭。
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天井の梁。実に太い。
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台所。
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庭に夾竹桃。大門句会勉強会の兼題だ。ここで一句?
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「木蝋資料展示棟」に入る。
木蝋。「木蝋とは、生蝋とも呼ばれ、ウルシ科のハゼノキ(櫨)やウルシの果実を蒸してから、果肉や種子に含まれる融点の高い脂肪を圧搾するなどして抽出した広義の蝋。」
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作業場の模型。
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明治33年(1900年)パリ万国博に出品し銅賞。
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出品した作品。
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白蝋。
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蝋搾り機。
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原料の櫨の実。
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庭に残る櫨の木。Sさんはかぶれると近づかない。資料館の人に聞いたら冬の葉が落ちた時に実を取るのでかぶれないと言う。
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立派な喫茶でお抹茶を頂く。
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Sさんが抹茶を立てたお店の方の質問に答える。それを聞いて、お店の方がまだ修行が足りませんと言っている。何言ったんだろう。上品な方で、Sさんはきっと上芳我家の方よと言う。
栄華を誇った上芳我家の製蝋業も大正8年(1919年)廃業。ピーク時、明治38年(1905年)明治39年(1906年)から、14年後の事であった。ここらから内子町の時間が遅くなって止まったのでは。
再び町並みを歩いてたら、変わった花入れがあった。
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高昌寺に行くのをSさんの判断に任せる。少し先の方にあるのと暑いので。Sさんは行かないとどうせ後で文句言うんでしょうと言って行くことにしてくれた。
「室町時代である嘉吉元年(1441年)に、防州泰雲寺の覚隠禅師門下の十哲であった大功円忠大和尚は、現在の内子町松尾地区に、寺院を創建され、淨久寺と称したのが高昌寺の起源であった。」
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ここにも俳句が献納されている。
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観音様にお参り。
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「当山18世慈舟台漸和尚によって創始された「ねはんまつり」は、200年の歴史をもつ当地方の春まつりです。お釈迦様のみ教に対して、感謝と報恩の気持ちで参拝出来るようにと平成10年11月1日に石造涅槃仏としては、日本で最大の長さ10m、重さ200トンの石仏が安置されました。」
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ここから帰路に着く途中で、Sさんが素晴らしいと叫んだ路地。
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飾りと思ったら大きな蛾だった。
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「築140年の商家を改築した「下芳我邸」は、歴史的な趣のあるお店です。」
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立派な内庭。
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二階も案内されたが趣がある。
いよいよ内子町とお別れ。特急がアンパンマン電車だった。
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松山に戻る。外で食事するのも疲れたと言って、Sさんは麦酒とワイン、食料を買い込み、ホテルの部屋で食事をすることに。これが良かった。Sさんと麦酒で乾杯し、チーズをつまみながら、ワインを飲み、談笑。すっかり良い気持ちになってしまう。
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内子 時間が止まる(その1)

二日目はSさんご推薦の内子町の古い街並みへ行く。
市電を待っていたら、市電が来るのに直前まで道路工事してる。(クリックすると拡大)
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市電に俳句。
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市電の中には俳句ポスト。
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駅に子規の句碑。
春や昔十五万国の城下町 子規
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特急に乗って内子駅に到着。
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駅からの道路の街路樹はヤマモモ。
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金毘羅灯篭。
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内子座。「木蝋や生糸等の生産で経済的にゆとりのある時代に、芸術、芸能を愛してやまない人々の熱意で生まれた木造の劇場。農閑期には歌舞伎、人形芝居、落語、映画等の出し物が内子座を彩り、人々の心の糧として大切にされました。大正5年(1916)大正天皇即位を祝い、創建。木造2階建て瓦葺き入母屋造り。映画館等の変遷後、老朽化のために取り壊されるところ、町民の熱意で復原されました。昭和60年10月、劇場として再出発。現在では年間70,000余人が見学し、16,000余人が劇場を活用。約650人で劇場は一杯となります。」
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舞台。
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すっぽん。「すっぽんとは、歌舞伎などの劇場にある花道上に、舞台下の奈落から、役者が登場してくるためにある舞台装置のことである。」
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奈落。「仏教における地獄。また地獄に落ちること。梵語の naraka(ナラカ)を日本で音写したもの 。これが転じて、日本の劇場における舞台の下や歌舞伎の花道の床下の空間の通称。廻り舞台や迫り出しの装置があるほか、通路にもなっている。名称の由来は、深く暗い所にあるからというのが一般的。」
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セリ。「舞台の床の一部をくりぬき、その部分を上下に動かすことができる舞台機構をいいます。」
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団十郎の色紙。
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勘三郎の色紙。
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勧進帳。
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玉三郎も来てるが色紙がなくSさんが残念がる。
次に「商いと暮らしの博物館」に入る。
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「江戸時代後期から明治時代の商家をそのまま利用し、大正10年(1921)頃の商家(薬屋)の商いと暮らしを人形と当時の道具類を使って再現しています。」
店先の人形に迎えられる。
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人形がいろんなところに配置されており言葉をしゃべる。
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Sさんによれば、愚痴ばかり言ってると言う。確かに愚痴のつぶやきが多い。
薬瓶。
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御蔵。修理中で入れなかった。
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内子八幡神社。「天文11年(1542)6月6日宇佐八幡宮より祭神を勧請し、森八幡宮と称し、天文19年(1550)内ノ子六日市村創立の節、社殿が造営され産土神として祀られた。現在の本殿は享和3年(1803)、中殿、拝殿は文化5年(1808)年に建造されたものである。 」
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俳句が献納されてる。
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立派な銀杏。」「雌株は目通り約4.2メートル、樹高約30メートル、樹齢は約320年だそうです。」
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佐藤秀文の絵馬。神宮皇后征韓。
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古い街並みに行く途中で映画館を見つけた。旭館。
「旭館は大正15年(昭和元年)86年前に建てられました。あの内子のシンボルとも言える「内子座」の10年後に建てられた劇場です。かつては内子座と並ぶ人気の映画館だったそうです。町の人の話では、旭館のほうが町のはずれにあったので、人目をさけたい恋人たちにはデートスポットとして重宝されたそうです。
旭館は内子の娯楽の殿堂として親しまれましたが昭和43年に閉館、その後は倉庫などに使われてきました。
閉館からおよそ40年ですが、その特徴的な「とんがり帽子のような塔」と「優美なアーチ型をデザイン」の建物は、不思議なたたずまいで内子の町に存在してきました。」
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よくぞ残ったものだ。時間が止まってる。
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「旭館の復活を記念するとともに、修理費用の捻出や保存意識を高める目的で、6月2日に「復活イベント上映会」(2回上映)として、昭和36年の東映映画「赤穂浪士」を上映することになった。」
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久我美子の「また逢う日まで」。
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大河内伝次郎の丹下左膳。
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Sさんを熱狂させる。(その2へ続く。)

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