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2013-06

Latest Entries

暗譜暗譜

庭のルリマツリ(瑠璃茉莉)。ようやく咲き出した。
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オキザリス・デッペイ。
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オリズルラン。頂いたのが増えた。
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ハナキリン。Sさんが好き。
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チェリーセージ。一時は弱って、さし芽をして保存をはかったが、Sさんの手入れが良くて元気になって来た。
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とうとう後、2週間で演奏会。
いまだに暗譜に苦しんでる。
暗譜で通して歌ってみた。26曲。間違えるところがまだ多々ある。
間違えたところを歌いなおす。疲れた。
家に籠って歌の練習ばかりするのは良いようで良くない。
働いてる人は、練習時間を確保するのに大変だろうから、贅沢は言えない。
80歳近い方でも暗譜するんだから、年のせいにもできない。
強いて言えば、私は小学校以来の合唱だが、他の方々は学生時代からグリークラブで基礎が出来てる。
とは言っても暗譜しなくちゃ。
Sさんが帰ってきて、お茶にしましょうと声をかけてくれてほっとする。
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仮孫ちゃん

庭のベコニア。Sさんが毎朝手入れするようになって花がどんどん咲く。(クリックすると拡大)
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歌の練習をしてから、Sさんと出かける。
近所のバーベナ。
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ミッキーマウス。
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ノウゼンカズラ(凌霄花)。我が家のは下水道工事のため、移植したので今年は咲かないだろう。
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渋谷駅の岡本太郎画伯の絵の前で待ち合わせ。
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しばらくしてAyさん、ご主人、仮孫ちゃんが現れる。
小学校に入ったので、お祝いを兼ねて食事会。
以前は、寒い時期に会った。この時に、パンダに会いに連れてってと言うお手紙を貰ったが、まだ実現してない。(後で聞いたら、二回連れて行って貰ったらしい。良かった。)
Sさんお勧めの台湾料理「麗郷」に向かう。途中珍しく、Sさんが迷うがご主人が知っていてこっちですよと言う。
お店に到着。混んでいて最初は、相席。老人夫婦と友人みたいな3人。二人は食事が終わって先に席を離れ、おばあさんだけ残った。おばあさんからみれば、娘夫婦か息子夫婦と孫と映った事だろう。
仮孫ちゃんとは、Ayさんとの約束で、本孫が出来るまで、仮孫ちゃんとして会わせて貰える。生まれた二日目から今まで、時々、逢わせて貰ってる。自宅に何度もお邪魔した。ワンちゃんがいて良く吠えられた。
この前会った時は、幼稚園の年長さんで、最初照れてしまってお母さんの陰に隠れて、なかなか顔を見せなかったが、しばらくして慣れてからは大いにはしゃいでくれた。
今回は、小学生だから大丈夫だろうと思ったが、やはり最初は照れたようだ。何となく覚えてはいてくれているようで嬉しい。
大人3人は麦酒を頼み、Hrちゃんは、ソフトドリンク。入学おめでとうと乾杯。
腸詰、鶏の手羽先、空心菜炒め、大根モチ、蜆のニンニク炒め、春巻き、豚足、チャーハンなど頼む。
Hrちゃんは、野菜嫌いだそうだが、鶏は好きで手羽先を器用に食べてる。腸詰も好きみたい。
AyさんはSさんに育児相談をして、Sさんは真剣に答えてる。
Hrちゃんは一クラス25人位。クラス数も少ない。近所に一緒に通う同学年の子がいないらしくて、行きは上級生と一緒だが、帰りは何時も一人で帰ってくる。宿題が毎日出る。大変だなあ。ランドセルは持ってくものが多くて重い。給食は喜んで食べてる。などいろいろ聞けて、孫の話を聞いてる気分になる。
ご主人はとっても優しくて、Hrちゃんはお母さんだけでなくて、お父さんにもべったり。後で、Sさんからお父さんが優しくてお子さんの面倒を見るから羨ましい。あなたは何もしなかったと愚痴られた。
退屈しだしたか、絵を描きだす。絵を描くのは好き。折り紙で家を作り、窓を描いて、私たちにくれた。
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最後にHrちゃんはデザートを貰い、食事会は終了。
喫茶に向かう。お目当てのところが混んでいて、順番待ち。Hrちゃんとお父さんは、おもちゃを見に行く。
席が空いたが、なかなか二人は現れない。ようやくあらわれたが、おもちゃは買って貰えなかったらしい。
Hrちゃんは、なぞなぞ遊びをしだす。一番大きいものとか、長いものとかを、指定された絵の中から探す。例えば、一番深く潜れるものとして、イグアナか、ウミガメか、マッコウクジラか、ダイオウイカ。これを皆で答える。Hrちゃんは何度もやってるらしくて、ほとんど正解。これはダイオウイカで私も当たった。
これが大人でも面白くて延々と行った。
Sさんが急に立ち上がって、友人が出演してる映画を見に行く時間になったと言う。Ayさんが私が一緒しなくていいのと聞くが、(素人には)面白い映画じゃない(だろう)から良いんだよと答える。
じゃあお開きにしようと言う事になったが、渋谷駅がどこかわからず、ご主人に先導して貰う。途中、Sさんが痩せて若々しくて素敵と褒めるので、本人に直接言えばいいのにと言ったら、私から伝えるのがいいのよと言う。ようやく駅の改札口まで連れて行って貰って、バイバイ。
孫と遊んだ気分を味わえてよかった。本孫は何時かなあ。
Sさんが帰って来たので、Ayさんの伝言、痩せて素敵と言うのを伝えたらニッコニコ。

こもって暗譜

暗譜が進んでないので、今日は一日、家に籠って歌の練習をするとSさんに宣言。何も宣言する必要はないのだが。
暗譜が不十分の順に練習。
「Ave verum corpus」モーツアルト作曲。
「空」三善晃作曲、谷川俊太郎作詩。
「凪」「鳳凰」大中恩作曲、北島万紀子作詩。
「Credo」シューベルト作曲。
疲れた。
庭に鳥の巣があるとSさんが言う。鳥はいないので巣立ったかなと思う。(クリックすると拡大)
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(後日、ヒヨドリが巣にいるとsさんが報告。卵を抱いてるらしい。雛がかえったら嬉しいね。あまり近づかないようにする。)
梅の実。今年はアブラムシが大量についてしまい殺虫剤をまいたので収穫できない。
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アケビの実。今年も楽しみ。
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柚子。
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ツルハナナス。さし芽からようやく花が咲いた。
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アーカンサス。Sさんが好き。
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アガパンサス。
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再び、家に籠って歌の練習。

助六由縁江戸桜

歌の練習をしてから、Sさんのお供で歌舞伎座に行く。
Sさんは、別のお芝居を友人と見てから、歌舞伎座に来るので、一人で出かける。
東銀座の歌舞伎座口のお店を眺めていたら、声をかけられた。何とMdさん。やあ珍しやと挨拶。私のfacebookを見ていて、活躍してますねと言う。彼は歌舞伎好きで、よく来てるそうだ。ゴルフ仲間と一緒に来たみたい。(クリックすると拡大)
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新しい歌舞伎座は二回目。Sさんは毎月来てる。
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今日の出し物。
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時間があったので、3階からパチリ。
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席に向かったら、丁度Sさんが来たところだった。
お握りを二つ買ってきたので、休憩時間に分けて食べようと言う。Sさんは昼食を食べたが、私は抜きだと言ったら、一口食べたらあなたにあげると言ってくれた。優しいね。
一.鈴ヶ森
幡随院長兵衛 幸四郎
東海の勘蔵  團 蔵
飛脚早助   錦 吾
白井権八   梅 玉
「◆長兵衛と権八の出会いを描いた様式美溢れる名場面
 東海道品川宿にほど近い鈴ヶ森。夜には盗賊と化した雲助が多数出没するところへ通りかかったのは、はかなげな美少年白井権八。暗闇から大勢の雲助が現れ襲いかかりますが、権八は見事な剣術で次々と斬り倒します。この様子を駕籠の中から窺っていた侠客幡随院長兵衞はその腕前に感心し、権八を匿うことを申し出ます。そして二人は江戸での再会を約束して別れるのでした。 鶴屋南北の歌舞伎味溢れる一幕をお楽しみください。」
立ち回りは形式化してるが、これが見ごたえがある。白井権八の梅玉は年取り過ぎてるなあと思ってみていたが、見てるうちに段々若々しくなってくるのはさすがである。
雲助が一杯出てきたが、これが面白かった。
幸四郎は貫禄の演技。
有名なせりふ。
随院長兵衛「お若(わけ)えの、お待ちなせえやし」
白井権八「待てとお止めなされしは、拙者がことでござるかな」
と白井権八の「雉も鳴かずば 討たれまいに、益なき殺生いたしてござる----。」
休憩時間。
お握りをSさんが一口食べた後、二つ渡してくれた。お腹が空いてたのであっと言う間に平らげる。昼飯を歌の練習が忙しくて忘れていた。(本当は、Sさんがいないので作るのが面倒でパス。)
緞帳の紹介がある。
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まだ時間があるのでお店をうろつく。人形焼を買って貰いそれを食べてやっとお腹が落ち着く。
十二世市川團十郎に捧ぐ
二、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
河東節十寸見会御連中
花川戸助六    海老蔵
三浦屋揚巻    福 助
通人里暁     三津五郎
朝顔仙平     又五郎
福山かつぎ    菊之助
三浦屋白玉    七之助
奴奈良平     亀 蔵
国侍利金太    市 蔵
三浦屋女房お京  友右衛門
曽我満江     東 蔵
髭の意休     左團次
くわんぺら門兵衛 吉右衛門
白酒売新兵衛   菊五郎
口上       幸四郎
「◆江戸の粋を随所に魅せる豪華絢爛な舞台
 賑わう新吉原仲之町。花川戸助六は夜ごとに吉原に現れては喧嘩を売っています。実は助六は曽我五郎で、相手に刀を抜かせて源氏の重宝友切丸の行方をさがしています。助六は、花魁の揚巻に執心の髭の意休へ悪態をつき刀を抜かせようとしますが、相手にされません。一方、白酒売の新兵衛は助六の実の兄で弟の様子を案じて意見します。しかし新兵衛は、紛失した刀詮議のためとの真意を知ると、助六と連れだって喧嘩をしかけます。そこへ兄弟の母満江がやって来て…。  歌舞伎十八番のひとつで、粋で華やかな江戸歌舞伎を代表する名作。十二世市川團十郎に捧げる一幕です。」
海老蔵の助六は、団十郎の息子だからと言うだけでなく、今後間違いなく当たり役になるだろう。外連味がなく荒ぶる魅力にあふれてる。私生活でいろいろ問題を起こしたが、そのことも、この役にはぴったり。
傑作は、三津五郎。参ったね。勘三郎の演ずるのを生前見たことがあるが、それに勝るとも劣らない。笑いが止まらなかった。歌舞伎役者はつくづく凄いなあと思う。 花道へ行ってから、海老蔵の長男誕生を祝い、市川家の跡継ぎができたこと、亡き團十郎がこの舞台を観ているとか、語ったのも良かった。
左團次、吉右衛門、菊五郎は其々素晴らしかった。役者じゃのう。
満足して帰る。今日は楽しかった。無論Sさんと一緒だし。

木とともに人とともに

今日も雨が降ってる。
庭のアメリカンブルー。(クリックすると拡大)
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オキザリス。いつまにやら白が優勢。
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オリヅルラン。プランターにまたがってはびこってる。
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ヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)。何時の間にやらはびこった。
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コムラサキシキブの花。実生から増えたのが大きくなった。
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歌の練習をしてから、水曜会の練習に出かける。
浜離宮朝日ホールリハーサル室。入り口でTsさんとHmさんがピアノのMd先生が来るのを待ってる。直ぐに現れる。
指揮はYk先生、ピアノはMd先生。
「木とともに人とともに」三善晃作曲、谷川俊太郎作詩。
「木とともに人とともに」
暗譜で歌ったが、歌詞を間違える。「わたしの」を「あなたの」に、逆に「あなたの」を「わたしの」で歌ってしまった。
Yk先生が、暗譜は上がって下がってまた上がるから、演奏会に上がって来るから大丈夫と言う。
歌っていて、段々遅くなってくる。4つに振りだしたら、遅くなってきたと思って欲しい。
松葉<>の注意。
YK先生が席をパートを離れてばらばらにして歌ってみようと言う。ええっ歌えるかなと思ったが、意外に他のパートが良く聞こえて、リズムを合わせやすかった。Htさんがこれは歌いやすいと言ってる。
本番もこの曲だけ、ばらばらで歌い、終わったら戻ったらどうかと提案。考えてみようと言う。
「空」
「空」はテンポが急にスローになるので、一呼吸置いた方が良いかもと。
苦手な「ラララララーララ」は隣のNzさんがしっかり歌うので、リズムを取りやすかった。
その後の「ルラールラル ル B.O.・・・」指揮を見てタイミングを取る。
最後の「ふたりでーーーーー」は途中でカンニングブレスをしないと続かない。あんまりぎりぎりまで頑張らないようにと。
「生きる」
当初最も苦手だったが、一番練習して暗譜で何とか歌えるようになる。
休憩時間にTdさん、Ynさんよりチケットを譲って貰う。後1枚足りなかったのでHmマネージャーより分けて貰う。48人も来てくれそうで、私としては空前絶後。今まで来てくれていた方が、ほとんど来てくれたのと、高校大学関係、スキー、山、俳句の仲間が増えた。音楽に精通してる方は少ないのに、良く来てくれて嬉しい。
テナーは、腰を痛めて本番も危ういThさんが欠席。他は全員参加。
Kmさんがいたので、(世界遺産になって混むけど)富士登山は行きますねと確認。友人も誘うと言う。Nzさんに行くねと確認。8月の休みはYY会と富士登山で3日計画すると言ってくれた。富士登山を計画してくれてるKhさんに良く頼んでる。いずれにしろ演奏会が終わってからだ。それまで夏は来ない。
「おしまずき抒抄」大中恩作曲、北原万紀子作詩。
「夙」
やっと暗譜。
「凪」
「あいがーーことばを・・・」と「けしきは」の出だしに注意。
「ほのかの あまい」の><>。
いまだし。
「風」
「凧」
手拍子がいまだに間違える。先生から笑わないようにとか犯人探しをしないとかフォローがあった。
Md先生から、片手は動かさないで、叩くようにと指摘。真ん中で叩かないで、右か左に寄せて叩く。
練習しよう。
「凩」
Hum-の3番目はmf。
「やがてくるはるをー」の出だし。
「鳳凰」
やっと暗譜が出来た。
終わった。いよいよ本番が迫って来た。
帰りの飲み会はパス。
Htさん、Frさんらと帰る。Frさんが「おしまずき」で暗譜がまだ不十分でバスのところを歌っちゃたと言う。そう言えば、バスを歌いそうになったところがあった。
Siさんと「凪」が難しいと話す。「Credo」がまだだと話す。苦手は皆同じだ。

お尻に火がついた





雨が降ってる。
庭のアガパンサス。(クリックすると拡大)蔭って来たので地植えから鉢植えに変えて日当たりを良くしたら、久しぶりに花が咲いた。
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ギボウシ。こちらは鉢植えから地植えにしたら、花が一杯さきだした。
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サフランモドキ。別名 ゼフィランサス。今年植えた球根。
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アーカンサス。夏が近づくと元気一杯になる。
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宿根サルビア。夏にふさわしい。
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Sさんが庭の手入れを毎朝行うようになってから、花が俄然咲き出した。私の庭仕事がいかに手抜きだったかが、ばれてしまった。
7月13日演奏会まで20日を切った。いよいよお尻に火がついてきた。
部屋にこもって練習するようになった。残念なことに覚えてもしばらく間を置くと、直ぐに忘れてしまう。年齢のせいだとは思いたくないが。
演奏会が終わらないと私の夏が来ない。早く日にちがたって、終わって欲しい気もするし、暗譜が完全になるまで時間が進んで欲しくない気もする。

夾竹桃時間とまりし内子町

三四郎さんから、送られてきた大門句会113回勉強会の句評を見る。
兼題は遊介さん出題の「夾竹桃」。
◇光
夾竹桃時間とまりし内子町
夏帯の子規も浸かりし道後の湯
⇒四国旅行の成果ですね。愛媛県の、商家の街並みが残っている内子町。夾竹桃の花のあざやかさがかえって古い建物の静けさを感じさせます。
涼しそうな夏帯が若々しい。松山で漱石と同居したころだとするとまだ20代半ばですね。
35歳で亡くなるまでに俳句・短歌の革新を成し遂げたことを思うとやっぱりすごい人物だ
ったんですね。でも性格は無邪気で楽天的。
→ 内子町はどんな町なのかを想像させます。遊介さん選句。
:内子町の木蝋資料館上芳我邸の庭で見た夾竹桃を眼に浮かべて詠んだ句。
子規の句は、子規が帯をしてる写真を見て、想像して詠んだ。子規については、何か詠みたいと思っていた。
私の選句。
◇馬空
明け番の通用口や夾竹桃
⇒夜勤で疲れた目に夾竹桃の鮮やかな花がまぶしい。通用口がいい場面設定。今日も暑くなりそうだ。
◇糸
木苺や小径は海へほの暗く
⇒漁村から浜辺への両側に木がうっそうと茂った細い道。よくイメージが浮かびます。木
苺のだいだい色の実をつまんで食べたことを思い出しました。
◇蒼月
校庭に白日夢見ゆ夾竹桃
⇒たしかに真夏の校庭はもうろうとなりそうな場所ですね。
◇三四郎
丹精を込めすぎ胡瓜ひん曲がる

昨日の登山で、ふくらはぎを痛めてしまい階段を降りるのに手すりにつかまらないと降りれない。
出歩くのを止めて、暗譜の練習をする。アンコール曲の「Ave verum corpus」モーツアルト作曲と「おしまずき抒抄」大中恩作曲、北島万紀子作詩をあまり練習してなかったので集中的にする。
階段を降りるのに痛いのでひょこひょこしてたら、Sさんが心配して、ジムで教えて貰った解決策をやったらと言う。寝転んでテニスボールを床と痛いふくらはぎの間に当てて、転がすと血の巡りが良くなって足が軽くなると言う。信じられないと言ったが、Sさんが見本を見せて、さあやってごらんと言うのでしぶしぶ行う。痛いのを我慢してかなり行う。歩いてごらんと言うので、歩いたら、脚が軽い。ためしに階段を歩いたら痛みがすうーっと薄れている。うっそー!!と叫んでしまった。Sさんも信じられないでしょうけど、ジムでもみんなが驚いてたわよと言う。これは凄い。両足を何度もテニスボールで転がす。段々気持ち良くなった。凄いこともあるもんだ。さすが我がSさん。

寧比曾岳

Fjさん主催の低山を登る会に参加。名古屋まで新幹線で行き、9時藤が丘でFjさんの車に乗せて貰う。
この会は、Fjさんにお願いして始めて貰ったいきさつもあり、新幹線での日帰りで参加するようにしている。二回目なのに参加者は19名。初参加者が7名。15年位の歴史があるYY会に早くも匹敵する規模に。Asさんが告別式で参加できなくなったが、参加してれば20名になる所だった。
藤が丘の駅で、Imさんの出迎えを受ける。Fjさんの車にはTbさんも便乗。
待ち合わせ場所の事業所の駐車場に向かう。Kbさん、Hiさん、Adさん、Fdさんが車で来てる。Fdさんは頑丈なSUV。現地集合が他に3台。Fjさん、Adさん、Fdさんの車に、乗って出発。9時15分過ぎ。
10時20分頃、現地集合の車が、停車してる大須賀峠に到着。直近の駐車場は満杯のようなので、路肩に止める。
全員登山口に集合。
Fjリーダーから説明があり、太多賀峠10時30分頃出発。(クリックすると拡大)
初参加は、Fdさん、Kjさん、Tyさん、Okさん、Srさん、Shさん、意外にも南アルプス組のHiさんも初参加。
二回目は、最長老のCbさん、南アルプスで一緒のKbさん、Imさん、Tbさん。他にAdさん、Frさん、Ntさん、Sgさん、Hkさん、Nmさん。この会で山に目覚めた、または復活した人も多く、嬉しい限り。女性は4名、前回も参加のHkさん、Nmさん、初参加のKjさん、Shさん。
杉林の中を歩く。
最初、Okさんが先頭に立ったが誰かにあんまり飛ばすなよと言われて、遠慮して後ろに下がる。
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亀甲岩。10時38分。
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次第に登りが急になる。10時59分。Frさんが飛ばしてるので大丈夫かなと思う。
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杉の根っこの中を歩く。(Cbさん撮影)Cbさんは立ち止まっては撮影をするので、かなり体力を使うはず。
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階段も多い。(Hiさん撮影)先頭がFjさん、Kjさんに代わってからあっという間に離される。Sgさんも早い。
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後20分で頂上だ。11時13分。
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蔦かな。11時32分。
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山頂到着。11時34分。寧比曽岳(標高:1120.6m)。下からの標高差320m。約1時間の登り。
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残念ながら曇りで見晴らしは良くない。御岳、南アルプス、富士山が見えるはずだが想像するしかない。
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楽しい食事。皆が次々と差し入れをしてくれる。Kbさん、Fjさんの珈琲が何時もながら美味い。なんでインスタントがこんなに美味いんだろう。二杯も飲んでしまった。
果物とかお菓子とかチョコが次々と回ってくる。Kjさんが持ってきた美味しいトマトやキュウリ。Frさんが作った煮豆。私は手ぶらで気がひける?
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Fjさんの司会で初参加者の自己紹介が始まる。
まずはFdさん。face Bookで久しぶりにお目にかかって、山にも来てくれた。復活組。車は凄い。格好はばっちり。自分はやはり山より海だと痛感したと言う。
Tyさん。元々山男(かっての山岳部)だが、このところ登ってない。毎日東谷山を歩いてるようだが、もう少し鍛えねばと感想。北アルプス一緒しようよと誘ったが、まだ鍛えないと駄目だと言う。
Kjさん。健脚ぶりに驚いた。途中あっという間に追い抜かれた。相当に登ってる感じ。次は北アルプスも一緒する。ザックもトマトやキュウリなどが入っていて重そう。
Okさん。登り始めは早かったが、後は遠慮したみたい。体力は相当にありそう。久しぶりに会ったが、若い頃とちっとも変ってない。
Srさん。大学で実験指導をしてる。この頃の学生気質に一言有。
Shさん。最初飛ばし過ぎたのかくたびれたみたい。(後半きつい所では強かった。)Fjさん、Srさんを先生、先生と呼ぶので二人は照れてる。
Hiさんが初参加だった。前回用があって参加できなかった。南アルプスを嫌々でも踏破した強者。
Fjさんが筈ケ岳(はずがたけ)に往復しますが、ちょっときついので、疲れたら途中で待っていても良いと言う。これからきついんななあと覚悟。
12時33分出発。
スイカズラ(吸葛)。
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ツクバネウツギ(衝羽根空木)かな。
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木苺。
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360m位、どんどん降る。13時。
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13時16分。降りきって最後の登り。
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稜線に出たが、お目当ての筈ケ岳は右に折れる。後続部隊ととかなり離れたので、Kbさんらが地面に矢印を書く。
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薊とこあじさい(小紫陽花)。
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100mほど登って 筈ケ岳(標高:985.2m)に到着。13時28分。55分かかった。
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暑い暑い。汗だく。後続部隊がやってこない。まっすぐに進むと違うところに行ってしまうので、心配する。
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しばらくしてぞくぞくと到着。最長老Cbさん始め、全員踏破。後詰のTbさんが10分遅れで到着。
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松に腰かけて休む。
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Fjさんに早すぎるよと文句を言ったら、Kjさんに追い上げられてペースが上がってしまったと言う。Kjさんにもう少しゆっくり歩いてと頼む。Imさんの靴は前が開いてしまい歩きにくそう。Frさんは前半飛ばしたつけが回ってきたみたい。
帰りは、100m降って、360m登るので少しきつそう。13時50分頃出発。
こあじさい (小紫陽花)
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厳しい登り。14時25分。先頭はKjさん、早い。とても追いつけない。Fjさんが僕のせいじゃなくてKjさんが早いんですよと言う。Sgさんに先に行ってくれと譲る。彼は快調。
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前を行く、Kjさん、Fjさん、Sgさんから離されないように歩いていたら、ひたひたと誰かが迫ってくる。Shさんだった。先を行って貰おうとしたが、もう少し頑張るかとペースを上げたがぴったりつかれてしまう。若さにはかなわない。譲ればよかった。
ツクバネウツギ(衝羽根空木)。
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ミズキの仲間かな。
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14時50分、再び寧比曽岳に戻ってきた。1時間かかる。お疲れ。
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何と言う名前の木だろう。変わった花。(わかる方がいたら教えて下さい)
⇒Htさんを通じて奥様に教えて貰いました。クマシデです。
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10分遅れで、後詰のTbさんが到着。長老Cbさんが元気で、Fjさんが全員往復するとは思わなかったと言う。Cbさんが頑張ってるのに、やーめたと言いにくいんだよとFrさんが言う。さもありなん。
女性達は山の情報交換をしてる。夏にいろいろ登るみたい。
Okさんが聖岳(標高3,013 m)が見えると言うので、本当かいと見に行く。
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形が聖岳に良く似てるのでそうかなあと思いかけたら、Fjさんがあれは茶臼山(標高1,415 m)と断定。低すぎるし近すぎると。
夢を壊すなよと誰かが言い、あれでも愛知県では一番高いよと補う。Okさんは盛んに謝ったが、いいじゃないの。
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15時10分、下山。Nmさんが来る時にランみたいな花があったので、その場所を教えると先行する。
15時18分、Nmさんがここだよと教える。
ギンリョウソウ(銀竜草)。「森林の林床に生え、周囲の樹木と外菌根を形成して共生するベニタケ属の菌類とモノトロポイド菌根を形成し、そこから栄養を得て生活する。つまり、直接的にはベニタケ属菌類に寄生し、究極的にはベニタケ属菌類と共生する樹木が光合成により作り出している有機物を、菌経由で得て生活している。」
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ここからどんどん降る。降りに強いKbさんが何時の間にやらするすると先頭に出る。
私は、昨日、ベッドでこむら返りをおこして、ふくらはぎを痛めたところが最後の下りでぶり返して痛くなる。最後で良かった。階段の手すりにつかまって到着。15時53分。降りは43分とかなり早かった。
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やはり10分遅れで最終組が到着。
無事終了。現地組もいるので、次回は秋に行うとFjさんが挨拶をして解散。私は汗をかいたシャツを代える。
事業所まで戻り、打ち上げに参加する人を確認。車組が多いので参加者は6名。これにHrさんが合流する。
店に着いたら、既にHrさんは到着してる。約束時間より大幅に遅れた。
Hrさん、Fjさん、Frさん、Imさん、Hiさん、Fdさん、Tbさんで打ち上げが始まる。
Hrさんには、わざわざ来てもらって感謝。山に誘うと絶交されるので誘わない。この前、Ibさんが来て、仕事の話をしていったが、ゴルフは私と一緒にしてるが、山は誘われたら、一緒に遊んであげないと言ってたよと伝えられた。やれやれ。
Fjさんは、まさか全員、踏破するとは思わなかったと言う。寧比曾岳から筈ケ岳への往復で脱落した人を後で拾っていくつもりが、予想が外れたと言う。Kjさんが強いのに驚いたと言う。相当に登ってるみたい。
Frさんが誰かが、止めたら自分もすぐに止めるつもりだったが、誰もやめないので最後まで歩いちゃったと言う。ジョギングシューズでは下りに耐え切れず足の親指が痛くなった言うのでトレッキングシューズを買えと皆が言う。Fjさんに選んでもらえと言ったら、高いのを勧められるから嫌だと言う。
Imさんは靴が剥がれてしまい苦労したみたい。10年以上たってるがもったいないので履いたらこうなってしまったと言う。
Hiさんに農鳥岳を一緒に登ろうと頼んでいる。誰かが断わってないのと言うので、断ってはいないと言ってくれた。断られては困る。間ノ岳の強風は怖かった。またあそこを通るのかと聞くので、Skさんが計画してるのでわからないと答える。
Fdさんは、良くぞ参加してくれた。自分は山より、やはり海だとつくづく思ったと言うので、次も参加してよと頼む。彼の車に乗ったFrさんが乗り心地が凄かったよと言う。
Tbさんは何時も後詰。とにかく富士山以外に登ったことがない人に、南アルプスの荒川三山で、後詰予定のMkさん、Skさんが来れなくなって、急遽一番体力のありそうなTbさんにしてもらったら、見事に責務を果たした。それからは必ず、後詰。今回は少し甘く見てたと反省してる。
新幹線の時間までわいわいと楽しく談笑。
帰りの新幹線で、Skさんのメールに寧比曾岳に日帰り登山して帰る途中だと答えたら、暗譜で家に籠ってると思ったのに余裕ねと言われてしまった。いえいえとんでもない。あせってます。あわてて水曜会の録音を残り時間聞く。

武蔵野合唱団定期演奏会

庭の宿根サルビア。(クリックすると拡大)下水工事でずいぶん減ったが、再び猛々しさを見せてきた。
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ギボウシ。
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Tsさんが出る武蔵野合唱団第46回定期演奏会に出かける。
近所の昼顔。
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ミッキーマウス。
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文京シビックホール 大ホール。1800人のキャパの大ホール。次第に満席となる。
座席指定。水曜会の仲間のSsさん、Ikさん、Ynさん、Tdさんとは隣同士。Isさん、Nkさん、Tuさんらも来てるようだ。
第一ステージ 混声合唱組曲「水のいのち」(管弦楽版)
作曲:髙田三郎 詩:髙野喜久雄 編曲:今井邦男
1.雨
2.水たまり
3.川
4.海
5.海よ
指揮:松井慶太
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
ゲストピアニスト:前田勝則
合唱:武蔵野合唱団
ゲストピアニストは、水曜会の演奏会で弾いて頂くMd先生。
指揮者の真ん前にピアノがあり、周りを管弦楽が囲んでる。
合唱団の前列にTsさんが歌っていた。遠くからだったが良くわかった。一生懸命に歌ってるのが伝わってきた。
長身の若い松井慶太氏の指揮は迫力がある。
武蔵野合唱団は炎のコバケンこと世界的指揮者小林研一郎氏が育てた合唱団だそうだ。160名位の団員が歌ってる。男性が少ない。
休憩時間にMd先生が既に着替えて観客席に来ていたのには驚いた。早い。
第二ステージ A・ブルックナー「ミサ曲第3番 へ短調」
Ⅰ.Kyrie
Ⅱ.Gloria
Ⅲ.Credo
Ⅳ.Sanctus
Ⅴ.Benedictus
Ⅵ.Agnus Dei
指揮:松井慶太
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
ソプラノ:岩下晶子
メゾソプラノ:清水華澄
テノール:佐野成宏
バリトン:小林大祐
合唱:武蔵野合唱団
水曜会で歌ってるシューベルトと同じミサ曲で言葉も同じだが、曲は全く違う。不思議な魅力に引きずられる。Credo、Sanctusは素晴らしかった。指揮が凄いんだと思う。世界的な指揮者になるんだろうな。
ソロは無論弩迫力。
表現の難しい曲を私にすら聞き惚れさせるのは凄い。
喝采が鳴りやまず、何度もカーテンコールをする。それだけのことはある。
終わってから、Tsさんに挨拶。彼女もやったあと言う顔してた。
軽く食事に行く。Ikさん、Tdさん、Ynさんの4人。
Ikさんには、水曜会で初めて山やスキーに来てくれたことを感謝。おかげでその後、水曜会から何人か参加してくれるようになった。もう何回スキーと山に一緒した事か。仲間とも顔なじみになった。
Tdさんは、西東京の会をまとめて貰ってる。私が言いだしっぺだがどうも幹事は苦手で全てTdさんにおんぶにだっこ。Yk先生が参加してくれて喜んでくれたみたいなので、また秋にでも行いたい。
Ynさんは、無類の阪神ファンであり、タイガーズファン。タイガーズの記事をでんごんばんに書いてくれと頼んだらジュリーの記事だった。快進撃を続けてる今年の阪神だが、優勝は難しいと辛口。
気の置けない方々なのでずっと遅くまで飲み明かしたかったが、明日は名古屋方面で日帰り登山なのでお開きにさせて貰った。

クラス会

庭のアガパンサス。(クリックすると拡大)
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サフランモドキ。別名 ゼフィランサス。
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ムラサキツユクサ。
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金魚草。
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長男がTkさんと来宅。Sさんと一緒に挨拶。4人でお茶とケーキで、談笑。仕事の話やらいろいろ。面白い話が一杯出て、笑い声が絶えなかった。1時間以上、話をして、私は高校のクラス会に出かける。3人は、これから夕食を一緒する。
長男が来るとわかった時点でクラス会をサボろうと思ったが、幹事のOsさんが丁度Mkさんが誕生日なので20人集めると頑張ってると聞いた。出席者のメンバーを見たら丁度、20人。やむなく欠席をあきらめ長男とTkさんにあらかじめ、夕食は3人でと断る。残念といえば残念だがMkさんもOsさんも大切な友人。
シーボニア・メンズクラブ。1時間以上遅れて、高校クラス会に参加。土壇場でFjさんが体調を崩して19名の参加。
高校2年間一緒だった仲間たち。慶応に入った当初違和感を感じたが、直ぐに素晴らしい仲間たちと親しくなり、学園生活を楽しみ、山とかスキーにも行った。校風が自由で素晴らしく、良い先生方が多かった。このころの記憶は鮮明に残っている。
幹事のOsさんに良く来てくれたと歓待される。
本日が誕生日のMkさん。何時も慶応の応援に神宮に連れて行って貰ってる。会社経営をしてる。ゴルフも良く一緒する。一緒にいると心が休まる仲間の一人。
スキー仲間のTnさん。サンアントンでは、ヘリスキーに乗るための試験で私は落ちてTnさんは合格。吹雪けと思ったら本当に吹雪いてヘリが飛ばなかった。絵をたしなみ、会場に絵を持ってきた。
Szさんは、面倒見が良くて、ゴルフや飲み会を計画してくれる。ショットが飛ばなくなったと嘆く。
Kmさんは、大病を克服してテニスを楽しんでる。慶応の教授で一番の秀才。
Osさんは怪我から回復してきた。こういう会の幹事は抜群。面倒見が良いので、無理してでも参加してしまう。
Oiさんは、退職後才能が開花した。木彫りでは入賞を重ねている。スキー仲間のTmさん(元Oiさんの会社の社長)とは、最近、絵と彫刻で付き合ってる。
Itさんはゴルフの達人。ゴルフでは雲の上の人だったが、少し下界に降りてきた。教え方が上手い。会社経営。
Hdさんは、体調を崩してるが、いまだ女性には興味が深い。会社経営からようやく引退するようだ。
Yyさんは久しぶりに会う。高校時代は良く我が家に来ては母ともよく話してた。
Ozさんは久しぶりの参加。現役で海外出張直前なのにOsさんの熱意にほだされて参加。
Ujさんは二胡の名手。演奏会3日前だが、まだ暗譜で来てないと言う。後2日で何とかすると言う。羨ましい。
Stさんはカメラのプロ。会場を借りてくれた。会場には彼の作品が飾ってある。
Sdさんはインド関係の仕事をしてる。インドに良く行ってる。
Ohさんはアコーディオンとマンドリンをたしなむ。8月から年末までに6回も演奏会をこなす。若い女性に囲まれてハーレム状態だとおっしゃる。
Myさんは近所に住んでる。真面目一方の金融マン。
Nmさんは、今日は着てないが和服が似合う。御曹司で女性に一番持てた。
Tkさんは、町内会や老人会の会長などして相当に忙しいらしい。
Nhさんは、Osさんと一緒の幹事。町内の名士らしい。話し出すと止まらない。
誰かが持ってきた「福沢諭吉の言葉と伝えられている「新里氏七憲」
一、世の中で一番楽しく立派な事は、一生涯を貫く仕事を持つという事です。
一、世の中で一番みじめな事は、人間として教養のない事です。
一、世の中で一番さびしい事は、する仕事のない事です。
一、世の中で一番みにくい事は、他人の生活をうらやむ事です。
一、世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕して決して恩にきせない事です。
一、世の中で一番美しい事は、全ての物に愛情を持つ事です。
一、世の中で一番悲しい事は、うそをつく事です。
なかなか良い言葉だが、作者不明の偽作であるため、いつ、誰が、何の目的で作成したのか不明である。
次回の幹事と日にちを決めて散会。
永久幹事にOsさん、次回幹事にMkさんとなる。
帰ったら、今二人は帰ったところよとSさんが言う。残念。メールを打ったらすぐに返事が来た。

八ヶ岳風にそよぐやちんぐるま

Sさんが庭の手入れを毎日するようになってから、花々が一杯咲くようになった。
庭のアメリカンブルー。ツルニチニチソウが一輪残ってる。
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ディモルホォセカ(アフリカきんせんか )。次々と長く咲く。
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チェリーセージは今年元気。
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キンレンカ。
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瑠璃玉薊 (るりたまあざみ)。まだ色が薄い。
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歌の練習。疲れた。
112回大門句会勉強会の結果を見る。
今回の兼題ははなさん出題の「水鉄砲」。
⇒は三四郎さんの句評。:は私のコメント。
◇光
竹筒の水鉄砲を見つけたり
八ヶ岳風にそよぐやちんぐるま
⇒「見つけたり」が、自宅の物置なのか玩具店や民芸店なのか、わからない。
ちんぐるまは代表的な高山植物ですね。夏、白い花が咲きます。広々とした高原が目に浮かびます。
:物置の水鉄砲を見つけたり   では平凡だし。
ちんぐるまの白い花も可憐だが、実が風にそよぐさまはたとえようもなく美しい。(実は花みたいに見える)
私の選句。
◇のり子
夏蝶や同期集まる一周忌
⇒お寺での一周忌でしょうか。墓場に夏蝶(あげは)がひらひら飛んで来た。しばらくだまって眺めていた。
◇遊介
仕舞には真顔になって水鉄砲
⇒そうそう、水鉄砲やドッジボールは最初は笑いながらだけどだんだんに真剣になります。特
に当てられた後は。「なって」は俳句では「なつて」。
◇三四郎
不器用な水鉄砲や水もれて

残り少ない練習

3日間家を空けていたが、植物たちは元気だった。
アガパンサス。周りの木が生い茂って日陰になり花が咲かなくなってたのを鉢に移して日が当たる所に置いたら咲き出した。
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紫陽花。
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ギボウシは地植えにしたら元気一杯。Sさんの功績。
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アーカンサスは長生き元気。
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宿根サルビアは、下水道工事でかなり減らされたが復活してきた。Sさんがあまり好きでないので守るのが大変。
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金魚草が消えたと思ったら出てきた。
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歌の練習をして、練習場に出かける。
段々、演奏会が迫ってきて、練習時間が残り少なくなってきた。On先生の練習は、今日を入れて3回。今回でOn先生は水曜会から退任されるので、残りの時間は貴重。
「Ave verum Corpus」モーツアルト作曲。
語尾を変に強調するな。
まだ暗譜が出来てない。
「Messe G-dur」シューベルト作曲。
「Kyrie」
「Gloria」
「et inter-rapax ho-mi-ni-bus」ffからpへ。
「Credo」
後半の「per Pro-phe-tas-con-fi-te-or・・・」が怪しいところがある。
「Sanctus」
「Benedictus」
「O-san-na in ex-cel・・・」明るく。こもらないように。
「Agnus Dei」
最後はザンゲ。信者のYhさんと先生がやり取りしたら、Htさんが何か揶揄したみたいで先生が迫って来た。
休憩時間。
テナーは全員参加。
団長挨拶。後、一か月を切った。(自宅でも)譜面を見て自分なりのチェックをして下さい。
「大中恩小品集」
「サバンナの風に」おぞねとしこ作詩。
テナーのThさんが体調不良で本番出られないかもと言う。
「雨の街燈」金井直作詩。
「花八つ手」西尾君子作詩。
アカペラ曲は、上手く歌えるといいんだがと先生が言うとHtさんが大丈夫ですと答える。
最後の「いたー」の和音が揃うと綺麗なんだがとやり直させられる。低すぎたかな。
「月夜の果樹園」伊藤海彦作詩。
「雲の窓」武鹿悦子作詩。
「かぜのなかのおかあさん」阪田寛夫作詩。
「春の風」松尾雄二作詩。
「幸福が遠すぎたら」大中恩作曲、寺山修司作詩。
終わった。
飲み会は久しぶりに参加。
Tzさん、Smさん、Ynさん、Htさんが傍にいた。松山の疲れが出て直ぐ酔ってしまった。Htさんに松山の事を聞かれたので子規ですよ子規子規と答える。TzさんにSさんに何で松山に行くのかと聞いて子規のために行くのよと怒られた話をしたら、私らしいと言われてしまった。Ynさんに阪神は優勝しそうかと聞いたら、してほしいけど無理と言われる。結構速く帰る人がいて、Mrさんが隣に来てくれた。何か変なこと言ったらしくてやり込められる。内容覚えてない。
帰りにMrさんと一緒にTtさんが来てくれたので子規の事をぐだぐだしゃべったみたい。

道後温泉

いよいよ松山小旅行の最終日、道後温泉。
全日空ホテルをチェックインして荷物を預ける。なかなか良かったので、他でも全日空ホテルを利用しようかとSさんと話す。
坊ちゃん電車に良くお目にかかる。(クリックすると拡大)
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道後温泉駅に到着。
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坊ちゃんからくり時計。
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子規記念博物館に向かう途中に句碑有。
ふゆ枯や鏡にうつる雲の影  正岡子規
半鐘と並んで高き冬木哉   夏目漱石
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足なへの病いゆとふ伊豫の湯に飛びても行かな鷺にあらませば  正岡子規
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子規記念博物館に入る。
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入り口。生け花の教室があるらしくて花が置いてある。
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旅立つ子規。
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子規の句めくりカレンダー。年間人気投票結果。
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句会の特選。
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小学中学高校のグランプリ。
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投句が出来る。
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「正岡子規の故郷で、子規と語り合いませんか。 当館には6万点近くの子規関係の収蔵資料があります。近代俳句、近代短歌をはじめ近代文学を紐解く貴重な資料の数々です。たとえば、幻と呼ばれた子規自筆の選句集「なじみ集」、歌稿「竹乃里歌」、随筆原稿「病牀六尺」の一部などがあります。また、常設展示場には、子規と親友の夏目漱石が50日余りを共に暮らした愚陀佛庵の1階部分を復元しており、その座敷に座って子規や漱石に思いを馳せていただくことができます。・・・ 子規が、漱石の愚陀佛庵に寄寓したのは明治28年の秋でした。そこで、病身を癒しながら俳句革新の原稿「俳諧大要」を書き続けた子規。後に小説「坊っちやん」のモデルにしたともいわれる松山暮らしをしていた漱石。二人は、道後温泉界隈を巡り、散策し、俳句を作っています。・・・」
3時間近くじっくりと鑑賞。資料と映像の紹介があり、飽きることがない。人となりに接したような気持ちになる。
「1.むかしの松山
*伝承の愛比売(えひめ):ずっと昔の神話の時代に、愛媛県は「エヒメ」(美しい女神)・・・と呼ばれていました。
*伊予の湯(道後温泉)の始まりには、サギが足の傷を治しに来た湯、スクナヒコノミコト神を生き返らせた湯と言う二つの話があります。・・・天皇や「万葉集」の歌人たちが来ました。
*松山藩の藩政のもとに:松山藩をおさめていた松平家の殿様の中には、俳諧や書道、絵画や能楽など、文芸を大切にした人がたくさんいました。
2-1・松山での子規
*子規のおいたち:慶応3年(1867年10月14日)に、松山で生まれました。・・・小学生時代の子規は、本を読んだり絵を描いたりするのがすきな大人しい性格でした。
2-2.子規、東京へ出る
*松山中学に通っていた子規は、15歳の頃から「東京に出て政治家になりたい」と強く思うようになりました。・・・東京にいるおじの加藤拓川に「東京で勉強させてくだい」とたのむ・・・松山中学校を退学して、東京へ出発しました。
*22歳の頃:子規は寄席が大好きでした。大学で同級生だった夏目漱石も寄席が大好きでした。それがきっかけで、二人は話をするようになりました。子規が書いた文章を読んでその才能にびっくりした漱石は「自分も書いてみよう」と考えました。書き上げた作品を子規に見せたところ、漱石の才能に指揮もおどろいたのです。
*19歳から23歳の頃:ベースボールは、アメリカから日本に伝わったばかりでした。子規はこの新しいスポーツに夢中になり、キャッチャーとして活躍しました。・・・ベースボールの俳句や短歌もたくさん作りました。・・・のちに新聞記者になった子規は、新聞でベースボールのルールを紹介し、試合で使う言葉を訳しました。
3-1.ペンネーム子規の秘密
*21歳の時、子規は突然喀血しました。・・・この時から「子規」と言うペンネームを使い始めました。「子規」は「ホトトギス」とも読みます。ホトトギスは口の仲が赤いので、鳴くと血を吐いてるように見えます。・・・
3-2.俳句に熱中した子規
*子規が俳句に興味を持ったのは、18歳の頃からです。たまたま借りた俳句の本を読んで、その面白さを知り、自分でも作るようになったのです。
*松尾芭蕉などの昔の人たちが作った俳句の分類に力を入れました。俳句を季語や俳人ごとに分ける作業です。何千、何万という気が遠くなるような量の俳句を、子規は一つ一つ手作業で整理していきました。
*子規は旅が好きでした。・・・26歳の頃、子規は東北地方へ旅に出ました。松尾芭蕉の「奥の細道」に影響を受けたのです。・・・
4.ジャーナリスト子規
*25歳の時、日本新聞社に入りました。・・・俳句や短歌を募集したり、小説や紀行文などを書いたりしました。
*28歳の時、「自分の目で戦争(日清戦争)の様子を取材したい」と考え、肺結核を心配する家族や友人の反対を押し切って従軍記者になり、清へ向かいました。しかし、子規が清に着いた時、戦争は終わろうとしていました。・・・軍の医者で、小説「舞姫」などで有名な作家・森鴎外と出会う事が出来ました。・・・
5-1.子規と漱石
*明治28年(1895年)8月、子規は松山に帰ってきました。松山では、子規の親友夏目漱石が中学校で英語の先生をしていました。漱石の下宿「愚陀仏庵」で52日間一緒に暮らしました。・・・子規に俳句を教えて貰おうと、たくさんの人がやってきました。「松風会」の人たちです。・・・その内、漱石もいっしょに俳句を作るようになりました。漱石は俳句を作る時に「愚陀仏」というペンネームを使っていたので、この家は「愚陀仏庵」と呼ばれたのです。
*松山から東京へ戻る旅が、子規にとって最後の旅となりました。
5-2.あたらしい俳句
*子規は、「俳句は文学」と考え、「作った人の気持ちや、その時の様子が想像できる俳句を作ろう」と呼びかけました。世の中の出来事や旅で見た風景などを、分かりやすい俳句にして、新聞や雑誌などに発表しました。写生の俳句を作ろうと、俳句の革新に取り組んだのです。
*明治30年(1897年)、子規たちは・・・俳句の雑誌「ほととぎす」を作りました。・・・松山で発行したほととぎすは柳原極堂が編集長をしました。・・・東京で発行するようになり、編集長は高浜虚子が担当しました。
6-1.あたらしい短歌
*31歳の時、新聞「日本」に、短歌についての考えを書いた「歌よみに与ふる書」を発表したのです。・・・「古今和歌集のまねばかりしているのではくだらない。もっと日常的にある題材を探し、自分の見たこと、感じたことを自由な言葉で作ろう。」とここでも写生を説きました。
6-2.新しい文章
7-1.子規の随筆
*33歳のころから、子規の病気は悪くなり、ほとんど寝たきりになってしまいました。それでも子規はくじけず、「墨汁一滴」「病床六尺」などの随筆を書き続けました。
7-2.子規の絵
*子規は起き上がることが出来ないので、寝たままで描いていました。くだものや草花など、小さくてきれいなものを探しては、それを枕元に置いて写生しました。
8-1.絶筆三句
*明治35年9月19日に、東京の子規庵で亡くなりました。35歳でした。
*絶筆三句は、亡くなる数時間前に書いたものです。
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間にあはず
をととひのへちまの水も取らざりき
「へちま三句」と呼ばれています。このことから、子規の命日を「へちま忌」と言います。
8-2子規を継いだ人々
①写生文
夏目漱石
②俳句
河東碧悟桐
高浜虚子
③短歌
伊藤左千夫
長塚節」

愚陀仏庵。
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子規は頻繁に句会を開き、大きな声で話すので、漱石はうるさくて本も読めない。やむなく句会に参加したとある。
筆まめで日記をつけている。食べ物の話が多い。
子規はお山の大将でないと気が済まず、病床に臥せってからも、皆を回りに呼び寄せてお山の大将ぶりを発揮した。
大食漢でカリエスになっても鰻や刺身をモリモリ食べたそうだ。そのおかげでカリエスになってから7年も命を長らえた。妹と母親が面倒を見たが、子規に栄養のあるものを食べさせて二人は粗食に耐えた。
「子規が、35年という短い生涯に詠んだ俳句の数は、2万3千6百余りといわれ、満35歳で亡くなる直前まで、俳句を作り続けた。そして、子規は、古き形式の文学に飽き足らず、常に新しきを求め、文学の改革にあくなき情熱を燃やし、広い分野に亘る文章文学の革新に、一生を捧げたのである。」
子規記念博物館を出て、道後公園を散策。
「道後公園の地形は、直径約350mのほぼ円形状で、中央部は30m程度の高さの丘陵地となっています。公園全域が、中世伊予の守護河野氏の居城として、14世紀前半から16世紀後半にかけての250年間存続した城跡であり、堀や土塁など城の地割が当時の姿のままよく残っています。外周は湯築城の外堀で囲まれ、丘陵部を取り巻くように内堀が巡っています。」
お堀。
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「石造りの湯釜。直径が166.7cm、高さが157.6cmという円筒形で、かつては湯口として使われていました。天平勝宝年間(749~757)に作られ、正応元年(1288)、一遍上人の書で「南無阿弥陀仏」と彫られてあります。また、周りの文字は亨禄4年(1531)に河野通直が天徳寺徳応禅師の温泉記を彫らせたものといいます。この湯釜は現在の下から湯が出るものと違い、てっぺんの球の部分から湯が吹き出るようになっています。これは当時は湯が自然に吹き出ていたためだそうです。」
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展望台から松山城が見える。
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堀に亀が一杯いる。
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道後温泉本館に向かう。
「道後温泉は古名を「にきたつ」(煮える湯の津の意)といい、万葉集巻一に見える。なおかつてはこの周辺が温泉郡(湯郡)と呼ばれていたが、これはこの温泉にちなむ地名である。伊予国(いよのくに)という名前も湯国(ゆのくに)が転じたものという説がある。」
「道後温泉のシンボル、道後温泉本館は、明治27年に建築された三層楼のどっしりしたもので、近代的なホテルや商店街の中にあってひときわ風格ある姿を誇っています 浴場は二種類あり、1階の大浴場を神の湯、小さい方を霊の湯といい、浴槽は花崗岩でできています。 泉質は、アルカリ性単純泉で、日本人の肌に合うなめらかなお湯。湯治や美容に、多くの人々から親しまれ、明治以来の伝統として暖かい落ち着いた感じを保持しています。」
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神の湯2階席を借りて、着替える。早速お風呂に入る。ゆったりして落ち着く。それ程長く入ってたわけではないが汗がどっと出てくる。2階に戻ったら、Sさんがもう戻っていた。少しお茶を飲んだりして過ごす。汗がどんどん出てくる。もう少しのんびりできると良いのだが、1時間制限はちょっと短い。
坊ちゃん映画がいろいろ飾ってある。
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道後麦酒館に入る。
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ここの鯛めしは実に美味かった。料理に厳しいSさんも絶賛。
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坊ちゃん人形が休憩所にあった。
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「聖徳太子道後温泉碑」。
「「聖徳太子が596年に道後温泉を訪れ道後温泉の素晴らしさを文章にして湯岡の傍らに建てた。」と、伊予国風土記にある。これが「湯岡の碑文」といわれるものである。しかし、この碑文は未だに発見されていないのだと言う。」
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「松山・道後温泉の商店街から西にのびる「にきたつの道」は小川が流れ、道沿いには「水口酒造」や「にきたつ庵」、「にきたつ蔵部」が軒を連ねる。「にきたつの道」の名前の由来は、額田王がこの道後で詠んだといわれる有名な「熟田津に舟乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」にちなんでのこととある。」
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お目当てのセキ美術館は休館日だった。
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俳句の道を探すがなかなか見つからず。地元の人に聞いたが要領を得ない。
やっと見つける。
伊予と申す国あたゝかに温泉わく  森盲天外
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湯上りを暫く冬の扇かな  内藤鳴雪
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湯の町の見えて石手へ遍路道  柳原極堂
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いろいろの歴史道後の湯はつきず  前田伍健
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やっと子規の句を見つける。
馬しかる新酒の酔や頬冠  正岡子規
籾ほすやにわとり遊ふ門の内  正岡子規
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永き日やあくびうつして分れ行く  夏目漱石
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俳句の道。
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直筆の句碑が並ぶ「俳句の道」をもう少しPRしても良いのにと思う。
帰路に着く。
Sさんがお土産を買ってるお店。
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さあ松山とお別れだ。
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ホテルに寄って、荷物を取って空港に向かう。飛行機の中で少しうつらうつら。
帰宅。心配していた花々は無事だった。Sさんがプランターにセットしておいた水遣り当番は有効だ。

内子 時間が止まる(その2)

Sさんお目当ての内子町町並みにさしかかる。
「八日市護国の町並みの特徴は、浅黄色と白漆喰で塗りごめられた重厚な外壁があり、棟を街路と平行に通す平入造りで、街路に面した壁面が通っています。隣家との間には、道路や水路空間を残し、この路地空間は、他所では見られない造形美を醸し出しています。」(クリックすると拡大)
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「町家資料館」に立ち寄る。
「江戸時代の町家の特徴である、蔀戸や大戸などを全面的に開放できる造りの建物です。寛政5(1793)年に建築されたものを復元修理したもので、当時の町家の構造を知ることができます。土間には生活用具や農工具も展示しています。」
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懐かしい階段箪笥。
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朝食のお膳か。
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町並みを楽しむ。時間が止まった。
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本芳我家。「江戸時代末から明治時代にかけ木蝋生産で財をなした豪商の家で、随所に漆喰を使った鏝絵や懸魚、また鬼瓦などの意匠が見られます。」
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広大な庭。
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町並みを行く。
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「木蝋資料館上芳我邸」「上芳我家は、内子最大の製蝋業者であった本芳我家から文久元年(1861)に分家した家で、木蝋生産を営んだ商家です。明治から大正にかけての内子の製蝋業者数は23軒あり、生産量は愛媛県の約4.5割を占めたと推定されます。木蝋産業が最も栄えた時期には、国内での木蝋生産量は日本一となり、海外にも多く輸出されました。」
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「明治27年(1894)に建てられた主屋をはじめ、各建物は質の良い材をもちいており、敷地も往時の面影がよく伝わってきます。」
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内庭。
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天井の梁。実に太い。
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台所。
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庭に夾竹桃。大門句会勉強会の兼題だ。ここで一句?
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「木蝋資料展示棟」に入る。
木蝋。「木蝋とは、生蝋とも呼ばれ、ウルシ科のハゼノキ(櫨)やウルシの果実を蒸してから、果肉や種子に含まれる融点の高い脂肪を圧搾するなどして抽出した広義の蝋。」
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作業場の模型。
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明治33年(1900年)パリ万国博に出品し銅賞。
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出品した作品。
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白蝋。
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蝋搾り機。
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原料の櫨の実。
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庭に残る櫨の木。Sさんはかぶれると近づかない。資料館の人に聞いたら冬の葉が落ちた時に実を取るのでかぶれないと言う。
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立派な喫茶でお抹茶を頂く。
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Sさんが抹茶を立てたお店の方の質問に答える。それを聞いて、お店の方がまだ修行が足りませんと言っている。何言ったんだろう。上品な方で、Sさんはきっと上芳我家の方よと言う。
栄華を誇った上芳我家の製蝋業も大正8年(1919年)廃業。ピーク時、明治38年(1905年)明治39年(1906年)から、14年後の事であった。ここらから内子町の時間が遅くなって止まったのでは。
再び町並みを歩いてたら、変わった花入れがあった。
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高昌寺に行くのをSさんの判断に任せる。少し先の方にあるのと暑いので。Sさんは行かないとどうせ後で文句言うんでしょうと言って行くことにしてくれた。
「室町時代である嘉吉元年(1441年)に、防州泰雲寺の覚隠禅師門下の十哲であった大功円忠大和尚は、現在の内子町松尾地区に、寺院を創建され、淨久寺と称したのが高昌寺の起源であった。」
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ここにも俳句が献納されている。
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観音様にお参り。
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「当山18世慈舟台漸和尚によって創始された「ねはんまつり」は、200年の歴史をもつ当地方の春まつりです。お釈迦様のみ教に対して、感謝と報恩の気持ちで参拝出来るようにと平成10年11月1日に石造涅槃仏としては、日本で最大の長さ10m、重さ200トンの石仏が安置されました。」
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ここから帰路に着く途中で、Sさんが素晴らしいと叫んだ路地。
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飾りと思ったら大きな蛾だった。
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「築140年の商家を改築した「下芳我邸」は、歴史的な趣のあるお店です。」
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立派な内庭。
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二階も案内されたが趣がある。
いよいよ内子町とお別れ。特急がアンパンマン電車だった。
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松山に戻る。外で食事するのも疲れたと言って、Sさんは麦酒とワイン、食料を買い込み、ホテルの部屋で食事をすることに。これが良かった。Sさんと麦酒で乾杯し、チーズをつまみながら、ワインを飲み、談笑。すっかり良い気持ちになってしまう。

内子 時間が止まる(その1)

二日目はSさんご推薦の内子町の古い街並みへ行く。
市電を待っていたら、市電が来るのに直前まで道路工事してる。(クリックすると拡大)
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市電に俳句。
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市電の中には俳句ポスト。
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駅に子規の句碑。
春や昔十五万国の城下町 子規
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特急に乗って内子駅に到着。
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駅からの道路の街路樹はヤマモモ。
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金毘羅灯篭。
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内子座。「木蝋や生糸等の生産で経済的にゆとりのある時代に、芸術、芸能を愛してやまない人々の熱意で生まれた木造の劇場。農閑期には歌舞伎、人形芝居、落語、映画等の出し物が内子座を彩り、人々の心の糧として大切にされました。大正5年(1916)大正天皇即位を祝い、創建。木造2階建て瓦葺き入母屋造り。映画館等の変遷後、老朽化のために取り壊されるところ、町民の熱意で復原されました。昭和60年10月、劇場として再出発。現在では年間70,000余人が見学し、16,000余人が劇場を活用。約650人で劇場は一杯となります。」
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舞台。
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すっぽん。「すっぽんとは、歌舞伎などの劇場にある花道上に、舞台下の奈落から、役者が登場してくるためにある舞台装置のことである。」
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奈落。「仏教における地獄。また地獄に落ちること。梵語の naraka(ナラカ)を日本で音写したもの 。これが転じて、日本の劇場における舞台の下や歌舞伎の花道の床下の空間の通称。廻り舞台や迫り出しの装置があるほか、通路にもなっている。名称の由来は、深く暗い所にあるからというのが一般的。」
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セリ。「舞台の床の一部をくりぬき、その部分を上下に動かすことができる舞台機構をいいます。」
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団十郎の色紙。
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勘三郎の色紙。
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勧進帳。
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玉三郎も来てるが色紙がなくSさんが残念がる。
次に「商いと暮らしの博物館」に入る。
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「江戸時代後期から明治時代の商家をそのまま利用し、大正10年(1921)頃の商家(薬屋)の商いと暮らしを人形と当時の道具類を使って再現しています。」
店先の人形に迎えられる。
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人形がいろんなところに配置されており言葉をしゃべる。
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Sさんによれば、愚痴ばかり言ってると言う。確かに愚痴のつぶやきが多い。
薬瓶。
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御蔵。修理中で入れなかった。
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内子八幡神社。「天文11年(1542)6月6日宇佐八幡宮より祭神を勧請し、森八幡宮と称し、天文19年(1550)内ノ子六日市村創立の節、社殿が造営され産土神として祀られた。現在の本殿は享和3年(1803)、中殿、拝殿は文化5年(1808)年に建造されたものである。 」
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俳句が献納されてる。
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立派な銀杏。」「雌株は目通り約4.2メートル、樹高約30メートル、樹齢は約320年だそうです。」
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佐藤秀文の絵馬。神宮皇后征韓。
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古い街並みに行く途中で映画館を見つけた。旭館。
「旭館は大正15年(昭和元年)86年前に建てられました。あの内子のシンボルとも言える「内子座」の10年後に建てられた劇場です。かつては内子座と並ぶ人気の映画館だったそうです。町の人の話では、旭館のほうが町のはずれにあったので、人目をさけたい恋人たちにはデートスポットとして重宝されたそうです。
旭館は内子の娯楽の殿堂として親しまれましたが昭和43年に閉館、その後は倉庫などに使われてきました。
閉館からおよそ40年ですが、その特徴的な「とんがり帽子のような塔」と「優美なアーチ型をデザイン」の建物は、不思議なたたずまいで内子の町に存在してきました。」
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よくぞ残ったものだ。時間が止まってる。
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「旭館の復活を記念するとともに、修理費用の捻出や保存意識を高める目的で、6月2日に「復活イベント上映会」(2回上映)として、昭和36年の東映映画「赤穂浪士」を上映することになった。」
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久我美子の「また逢う日まで」。
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大河内伝次郎の丹下左膳。
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Sさんを熱狂させる。(その2へ続く。)

松山と子規(その2)





昼食はうどん屋で。(クリックすると拡大)
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2泊する全日空ホテル。早い時間だったがチェックイン出来る。
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坂の上の雲ミュージアムに向かう。
当時の格好をした案内人。
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「司馬遼太郎氏の代表的長編小説であり、NHKスペシャルドラマとしても2009年から2011年の3年間に渡り放送された「坂の上の雲」。「坂の上の雲」ミュージアムでは、激動の時代を生き抜いた3人の主人公の人生や業績を紹介するだけでなく、小説に込められたメッセージを活かした「新しいまちづくりの拠点」として機能していきます。」「この物語は、日本騎兵を育て上げた秋山好古、日本海軍の戦術を確立した秋山 真之、そして俳句・短歌の革新を成し遂げた正岡子規という、文明開化から日清 ・日露戦争までの約30年間の日本と、明治という時代の礎を築いた3人と、その 時代を生きた人々の姿が生き生きと描かれています。」
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「ミュージアムでは、訪れた人たちが小説「坂の上の雲」をより深く理解できるように、合計1296回にも及んだ産経新聞連載記事の壁面展示や、主人公たちの直筆資料、その他主人公たちの生き様が感じられるような展示が行われています。」
子規と漱石の俳句。
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建物の中は階段、坂が多い。坂の上の雲だから坂が多いのかしらとSさんが言う。
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明治の若々しい荒々しい息吹が伝わって来た。満足。
萬翠荘に向かう。
「萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる久松 定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。
陸軍駐在武官としてフランス生活が長かった定謨伯爵好みの、純フランス風の建物は、当時最高の社交の場として各界名士が集まり、皇族方がご来県の際は、必ず立ち寄られたところであります。また、裕仁親王(後の昭和天皇)の松山訪問に合わせ、完成を急がせたとも伝えられております。」
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部屋は美しい。
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「踊り場の大窓に広がる海の風景は、グラデーションを使用した繊細な色彩のステンドグラスで、これまでハワイ製と言われていたが、2010年の愛媛県の調査(奈良文化財研究所に委託)により木内真太郎の制作と判明した。」
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俳句の殿堂があった。「・・・全国およそ800の結社1,000万人の俳人は数々の名句を生みだしていますが、その多くが結社誌や月刊誌などに収録されるものの、結社主宰の名句が一堂に会することはありません。
国重要文化 財萬翠荘では、俳句の殿堂を設け主宰の代表句色紙を展示しています。・・・ 結社主宰の代表100句ともなれば、それぞれに読み応えがあり文学性の高みは多くの俳人の参考になるものです。・・・」
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「童子」が載っている。
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愚陀佛庵と松風会の展示。
「愚陀佛庵は、夏目漱石が英語教師として松山中学校に赴任した際、下宿していた上野家の離れ。正岡子規が療養のために居候し、1階に正岡子規、2階に夏目漱石が住み、52日間共に過ごし、俳句づくりに没頭しました。小説「坊ちゃん」はここで過ごした松山での教師体験を元に生まれました。この「愚陀佛庵」という名前は夏目漱石の自分の俳号「愚陀佛」から名付けたという説と、正岡子規が「愚陀佛がいる庵」と呼称しているところから、正岡子規が名付けたという説があります。」
「松風会は子規直系の日本派俳句結社で、全国にさきがけて、明治27年3月27日に発足しました。」
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「2010年7月12日の記録的な豪雨で、松山城の城山において大規模土砂崩れが発生し「愚陀佛庵」が全壊しました。」
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萬翠荘を振り返りつつ。
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「子規が幼少の頃、外祖父大原観山とこの庭石の上で囲碁を楽しんだと言われる。」
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坊ちゃん電車が行く。
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松山城に向かう。
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「松山市の中心部、勝山(標高132m)にそびえ立つ松山城は、賤ヶ岳(しずがたけ)の合戦で有名な七本槍の1人、加藤嘉明が築いた四国最大のお城です。門櫓・塀を多数備え、狭間や石落とし、高石垣などを巧みに配し、攻守の機能に優れた日本一の連立式天守を構えた平山城と言われております。」
時間が遅くて中には入れなかった。
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ぐるっと城の周りを回っていたら散策中の地元のおじさんが、観光客が知らない写真撮影スポットを教えてくれた。Sさんと喜んで行ったら確かに素晴らしい。
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遥かに霞んだ先が瀬戸内海。
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松山城二之丸史跡庭園に向かう道を降りる。誰も通ってない静かな道。
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庭園は締まっていた。Sさんが外の出られるかしらと心配したが、向こうからジョガーがやって来てほっとする。
再び坊ちゃん電車。
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Sさんが引き返しても入りたいと言ったお店。ジュースとシャーベット。
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秋山好古・真之兄弟の生誕地。既に資料館は締まっていたが、好古の像は外から見れた。
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ホテルの引き返す途中で、ビルに子規の句が。
松山や秋より高き天守閣  子規
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ホテルに帰って、お風呂に入って汗を流す。夕食はホテル屋上のビアガーデンにする。
周り若い人人ばっかりで、賑やか。Sさんと楽しく麦酒とワインを飲む。Sさんとゆっくり談笑出来て幸せ。

松山と子規(その1)

マイレージのポイントの期限が迫って来たので、Sさんに旅行の計画をして貰う。Sさんが選んだのは松山。読んでおいてと資料を貰ったが、忙しくて読む暇なし。
松山空港に着いた時に、何故、松山にしたのと聞いたら、怒られてしまった。私の俳句のために選んでくれていた。正岡子規の出身地。
松山空港の牛鬼。(クリックすると拡大)
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まずは子規堂に向かう。
「正岡子規の文学仲間であった、正宗寺の住職、仏海禅師が子規の業績を記念し、子規が17歳まで過ごした住居を境内内に復元した文学資料館で、内部には子規や親交の深かった夏目漱石らに関係する原稿などの文学資料や写真、各種文献など貴重な資料が展示されている。」
子規堂の正面には、子規の「旅立ち」の銅像がある。「子規が25歳のころに箱根の関所近くで撮った写真をもとに、曽我光四郎(故)氏の古希に併せて平成10年9月19日に建立。阿部誠一氏作。」
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「夏目漱石が小説の中で「マッチ箱のような汽車」と評した通称『坊っちゃん列車』の客車もある。」
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高浜虚子の句碑。
笹啼が初音になりし頃のこと
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子規の勉強部屋。「この三畳の小部屋は、子規が松山中学に入ってから増築してもらった勉強部屋で、天井もない粗末なもの。」
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漱石の「吾輩は猫である」。
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漱石の原稿。
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「子規が庭園を眺めつつ、勉学に打ち込んだとされる当時の机もある。」
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子規の描いた絵。食べ物が多い。
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子規の日記。筆まめだった。
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子規の句。
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友人の秋山真之が子規に送った羽根布団の生地。
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子規と漱石。
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子規最後の写真。
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子規門下の作風を八百屋の品にたとえた。
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子規の句と絵。
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子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
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子規の原稿。
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子規の若き頃の写真。
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「子規が亡くなった後に遺髪の埋葬が行われ、正岡家のお墓の横に子規の埋髪塔が建立された。」
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与謝野晶子の歌碑。
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高浜虚子の筆塚。
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子規に堪能する。熱心に見たのでSさんも機嫌を直す。
「伊予国温泉郡藤原新町(現愛媛県松山市花園町)に松山藩士正岡常尚と八重の間に長男として生まれた。母は、藩の儒者大原観山の長女。・・・1880年(明治13年)、旧制愛媛一中(現・松山東高)に入学。1883年(明治16年)、同校を中退して上京し、受験勉強のために共立学校(現・開成高)に入学。翌年、旧藩主家の給費生となり、東大予備門(のち一高、現・東大教養学部)に入学し、常盤会寄宿舎に入った。1890年(明治23年)、帝国大学哲学科に進学したものの、後に文学に興味を持ち、翌年には国文科に転科した。この頃から「子規」と号して句作を行う。愛媛一中、共立学校で同級だった秋山真之とは、松山在住時からの友人であり、また共通の友人として勝田主計がいた。東大予備門では夏目漱石・南方熊楠・山田美妙らと同窓。・・・大学中退後、叔父・加藤拓川の紹介で1892年(明治25年)に新聞『日本』の記者となり、家族を呼び寄せそこを文芸活動の拠点とした。1893年(明治26年)に「獺祭書屋俳話」を連載し、俳句の革新運動を開始した。・・・1895年(明治28年)4月、近衛師団つきの従軍記者として遼東半島に渡ったものの、上陸した2日後に下関条約が調印されたため、同年5月、第2軍兵站部軍医部長の森林太郎(鴎外)等に挨拶をして帰国の途についた。 その船中で喀血して重態に陥り、神戸病院に入院。7月、須磨保養院で療養したのち、松山に帰郷した。1897年(明治30年)に俳句雑誌『ホトトギス』を創刊し、俳句分類や与謝蕪村などを研究し、俳句の世界に大きく貢献した。漱石の下宿に同宿して過ごし、俳句会などを開いた。・・・短歌においても、「歌よみに与ふる書」を新聞『日本』に連載。古今集を否定し万葉集を高く評価して、江戸時代までの形式にとらわれた和歌を非難しつつ、根岸短歌会を主催して短歌の革新につとめた。根岸短歌会は後に伊藤左千夫・長塚節・岡麓らにより短歌結社『アララギ』へと発展していく。
やがて病いに臥せつつ『病牀六尺』を書いたが、これは少しの感傷も暗い影もなく、死に臨んだ自身の肉体と精神を客観視し写生した優れた人生記録と、現在まで読まれている。・・・」
(その2に続く)

強化練習

庭の花々が一杯咲いてる。今年からSさんが毎朝、手入れするようになってから、花の咲が良くなる。
サフランモドキ。別名 ゼフィランサス。(クリックすると拡大)今年植えた球根。
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アーカンサス。名古屋、瀬戸、現在と移植してきた。40年近くたつ。
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ギボウシ。Sさんが大好き。
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ベルフラワー。肥料をやると色が濃くなる。
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コムラサキシキブの花。種から増えた。
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歌の練習をして強化練習に出かける。2時から7時まで。長い。
着いたら、団長が発声練習の指導。種切れになりかかったところで、Yk先生とピアノのMd先生が来る。ピアノ伴奏は普段の練習をOnさんで本番をMd先生。
最初に練習を2時半から、7時までやると聞いて、Yk先生が驚く。誰かが、終わったら先生を囲む会をやるから早めに終わってくださいと言う。結局、6時に終了と言う事になる。
「おしまずき抒抄」大中恩作曲、北島万紀子作詩。
「夙」
「ふりかえれば」の「り」の音程に注意。
「ロマネスクー」<>をしっかりと。
「あたらしい あさのひかりにめざめる」生れ出る感じ。
最後の「み た すー」<>>>「すー」通りを良くする。
「凪」
「おさないひ」記憶をたどる。
「けしきは」「け」やり過ぎは良くないがはっきりと。
「ほのかにあまい」mf>p<> pを意識。「あまい」抑え目。
「風」
「きえてしまう」全音の変化。
あくびをするような状態は、喉が開いて歌う準備が出来ている。
「凧」
「やっこだこの」「や」もう少し長く。
「こわくない」「わくない」はスタッカート。
最後の手拍子は、終わったら手を放す。
「凩」
出だしのハミングのはアクセントで入る。
「鳳凰」
団長が隣に大中先生が来て、夫人のソプラノ歌手の北原聖子さんと練習に来てると言う。終わったので呼びに行く。
大中先生が鳳凰の練習を聞いてから「鳳凰は久しぶりに聞く。こんなに良い曲だったかと思った。歌ってくれるのは作曲者にとって、一番嬉しい。本番が楽しみ。」などと話される。
大中先生が帰られて、休憩。
Smさんが「でんごんばん」を追加印刷して持って来てくれたので、ホームページから印刷できない方に配る。
終わってからの、Md先生、Yk先生を囲む会は、随分、参加するようだ。残念ながら、明日から松山旅行なので欠席。
テナーは欠席がThさん、Htさん。
「木とともに人とともに」三善晃作曲、谷川俊太郎作詩。
「空」
苦手の後半を何とかこなす。
「生きる」
「すべてのうつくしい」言葉のつながりを大切に。
「いのちという」「い」だけを強調しない。「の」をしっかりと。
「木とともに人とともに」
「わけわけこえ」テナーセカンドの音が取れず、何度も繰り返し練習。
「草原の別れ」大中恩作曲、阪田寛夫作詩。
6時過ぎに終了。充実した練習だったが疲れた。
囲む会はパス。帰りはSiさんと一緒に帰る。
帰って、明日の松山行きの準備をする。風邪が治って良かった。

風邪ひき二日目

風邪ひき二日目。
大分良くなったが、明日は水曜会の強化練習があり、明後日からSさんとの松山旅行がある。
何とか直そうとかかりつけの医者に行く。早めにいくとすごく混んでるので、Sさんの忠告に従って、遅めに出かける。
何と一人しか待ちがなかった。しばらくしたら何人かやって来たのでベストタイミングだった。
喉が赤いですね。喉風邪が流行ってますよと言われる。おじいさんの医者だが、高校時代は彼の父親のやはりおじいさんにかかっていた。あれから50数年たつ。
薬局で薬を貰う。何時もの薬剤師のおばさん。ここは熱帯魚がいる。混んでる時は、ぼんやり眺める。
帰り道のクチナシ。(クリックすると拡大)我が家のはまだ咲かない。
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紫陽花。
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小海老草(こえびそう)。
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カラー。我が家のはまだ咲いてない。
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ルドベキア。
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マリーゴールド。
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帰ってから、一日中休む。食欲が出てきたなあと思ったら、喉の痛みが取れていた。やれやれ早目に治った。
この時期のは早目に休むと治りが早い。
大門句会勉強会の課題をこなす。
夜にちょっと歌の練習。

風邪ひいた

昨夜の水曜会の飲み会で食欲が全くないので変だなと思ったら、風邪をひいていた。起きたら左側の喉と歯茎が痛い。風邪をひいたらしい。
この頃、無理が続くと直ぐに風邪をひく。風邪がストッパーになってるが、その前に自分でコントロールしないといけない。幸い、予定がないので一日、寝ている。
Sさんは元気に出かけて行った。
昼間中寝ていたら、寝汗をどっさりかいて熱が下がった。

演奏会まで1か月

雨降り。
庭のハナキリン。(クリックすると拡大)
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ベコニア。
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アスチルベ。
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ベルフラワー。
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コムラサキの花。
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第25回水曜会演奏会7月13日まで後、1か月となった。
暗譜は大分進んできて、間に合うという気にようやくなって来たが、まだまだである。
「でんごんばん」6月号をSkさんに送り、ホームページに乗せて貰う。やっと気が楽になる。
「でんごんばん」6月号目次。
*スケジュール
*演奏会当日のスケジュール、衣装など
*打ち上げのご案内
*On先生ありがとうございます
*臨時総会
*選曲委員会
*大中恩先生ご挨拶(演奏会プログラムより)
*On先生ありがとうございました  Srさん
*組長さんは防空壕の中  Htさん
*大和し うるわし紀行  Siさん
*家の事:特にバスルーム   Frさん

On先生指導の体操が始まっていた。発声練習。
「かぜのなかのおかあさん」大中恩作曲、阪田寛夫作詩。
先生が昔は男声が優しさを持っていたと言う。
「サバンナの風に」大中恩作曲、おぞねとしこ作詩。
「雨の街燈」大中恩作曲、金井直作詩。
最後の「ぬれーている」pp。抑える。
「花八つ手」大中恩作曲、西尾君子作詩。
「もうまくにひっそりと」テナーはもう少し聞かせて欲しい。前列で歌うので責任あるなあ。
「月夜の果樹園」大中恩作曲、伊藤海彦作詩。
「うれているのよ」3連符を感じさせない。
「雲の窓」大中恩作曲、武鹿悦子作詩。
「わたし」でなく「あたし」。
「春の風」大中恩作曲、松尾雄二作詩。
「はるかなーる」Kkさんから違う音があると指摘されていたので注意して歌う。
休憩時間。
Skさんが印刷してきた「でんごんばん」を希望者に配る。最後の2章が抜けてるとSrさんに指摘される。
On先生より、強弱だけでは駄目で、音楽のイメージを持って歌う。
On先生感謝の会について、Tsさんより。
Adさんより演奏会衣装について。
「でんごんばん」について印刷ミスがあったのでそのお詫びを述べ、選曲委員会がぎりぎりに開かれたと言いかけたら、団長から言い訳は良いとさえぎられた。ぎりぎりの発行なので、スケジュールなどで、Hmさん達に無理をお願いした事とか、見切り発車なので変更があるかもしれないと続けるつもりだったが言いそびれた。水曜会は変動期にあり、気を使わないといけない時期だが。
「Messe G-dur」シューベルト作曲。
「Kyrie」
「Gloria」
アルトとテナーの「Mi se-re-re no-bis」はテナーが強すぎてアルトが弱すぎる。
「Credo」
音が高くなると大きくなる傾向がある。
「Per Pro-phe-tas,con-fi-te-or・・・」はKkさんより怪しいと指摘されたので丁寧に歌う。
「Snctus」
「O-san-na in ex cel・・・」のテナーは音がこもってると指摘。
「Benedictus」
「Agnus Dei」
終わった。
飲み会に参加。
食欲がなくあまり調子が良くなかった。女性に食べ物を運んでもらったが、席の前に溜まってしまった。
何故かなあ。

選曲委員会

庭のギボウシ。(クリックすると拡大)
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二階のベランダから。
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朝顔の網を二階からつるす作業をSさんとの共同作業で行う。昨年は朝顔とゴーヤだったが、今年は朝顔だけにした。Sさんが庭の手入れを毎日するようになってから、みるみる庭の草花が良く咲くようになったので、今年は朝顔を綺麗に咲かせようと言う事になった。
左側がベランダからつるした網。
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選曲委員会に出かける。
「でんごんばん」の記事を完成させるために参加。この6月号は、演奏会特集号で、演奏会前後の日程や、当日スケジュール、衣装など大事な記事が多い。また来シーズン初めはYk先生の指揮の練習日程なので、今までと異なるから、早目に団員に知らせたい。(日程はHmさんを煩わせてYk先生と日程を調整して貰った。多少見切り発車のところはある。)
6月初めに出したかったが、編集会議が大幅に遅れたため、この日に決まったことを記事にして直ぐに発行したい。この記事を完成させれば発行できるように準備はしてきた。
少し遅れて「ルノワール、マイスペース銀座6丁目店」に到着。Yk先生以下メンバが揃っていたが肝心の団長が現れてない。場所を間違えて以前行ったことのあるルノワールに行ってしまったらしい。その後、道に迷って30分遅れで到着。会議が始まる。会議の様子はでんごんばん記事より抜粋。

選曲委員会
6月11日、Yk先生、団長、副団長、Skさん、Hmさん、各パートリーダー、有志など14名の参加で実施された。
団長から、今までのOn先生の選曲方針が説明され、Yk先生の新しい方針を示して頂きたい。水曜会創立のいきさつから大中先生の曲を一つは入れてほしいと要望。
Yk先生より、選曲の方針が示される。
*年50回くらいの練習で指揮者と団員が向き合う。 演奏会はお客さんと合唱団が向き合う。
*まずはお客さんのために演奏会がある。一つの演奏会としてお客に楽しんで貰う、喜んでもらえるようなものにしたい。
*50回以上練習するので1年間練習に耐えうるような曲にしたい。
*その前提で、全体の構成と個々の曲を決めて行きたい。 その上に、合唱団ごとの特徴、やりたいことが得られるようにしていく。
*ステップアップするにはアカペラの曲を入れる。
*できればコーラスの原点である、西洋の文化で育ってきた曲を入れたい。
以下、26回演奏会プログラム案がYk先生より提案される。
オープニング 水曜会はあなたと逢って
1st 日本の歌(13分から15分)
「ノスタルジア」信長貴富作曲より5曲。アカペラ曲。
例えば四季に合わせて
1・花  2・朧月夜  3.浜辺の歌  4・赤とんぼ  5.ペチカ
作曲者を考慮して
1.椰子の実  2.砂山  3.この道  4.箱根八里  5.故郷
(代替え案  ノスタルジアⅡ  日本抒情歌曲集(林光編曲))

2st 若手作曲家の曲(16分から17分)
「私が私に出会うとき」松波千映子作曲。
 (代替え案 松本望作曲「天使のいる構図」 「歌の生まれるとき」)

3st 外国語の曲(15分から20分)
G Fauréの世界 
1.Pavane OP.50 (多少アレンジが必要かも)
2.Madrigal OP.35
(3. Les Djinns OP.12)
4. Cantique de Jean Racine OP.11
(代替え案 J.Brahms Liebeslieder OP.52/OP.65Schicksalslied .OP.54)

4st 大中先生の曲(22分から23分)
「島よ」
アンコール
G Fauré 「夢の後あとに」(アレンジ要)
「草原の別れ」

議論。
1st 5曲の選定は別途。
2st 「私が私に出会うとき」はとっつきやすい曲。
3st フランス語なので無理に暗譜する必要はないが、覚えることで歌いやすくなる。楽譜を持つ持たないは特にこだわらない。
木管の音を声でアレンジしたい。
議論の結果、Yk先生原案通りとなる。楽譜購入の準備に入る。
他に練習のスケジュールとかについて話が出る。

Yk先生から初めに考え方の説明があり、大変に良かった。今後の水曜会の運営に大きくかかわってくる選曲方針を通じてYk先生の水曜会に対する思いが伝わってきた。
終わってから、懇親会。Yk先生の今日の選曲委員会は先生の考えがわかって良かったと伝える。先生も良く考えてきたと言う。いささか疲れていたし、帰ってから「でんごんばん」を完成させたいので早めに引き上げる。Tkさんも早目に帰ったので一緒に帰る。
夜中過ぎに「でんごんばん」が完成してほっとする。Skさんに送ってホームページに載せて貰おう

相模湖CC

Rnさんのお誘いでRnさんが入ってる相模湖CCに出かける。Nkさんの車が迎えに来る。Rnさん同乗。
途中、カーナビが東名を指示したので、中央高速じゃないのと怪訝に思いながら行って見ようと入る。高速をしてしばらく走り、カーナビのセットが間違っていたことに気付く。あわてて進路変更したが、大回り。時間がたっぷりあったので何とか間に合った。緑が綺麗だったのでドライブを楽しんだと思えばいいかな。
Nkさんは少ない時間で朝飯をかきこむ。
Nkさんは今年既に30回近くプレー。私は演奏会前の最後のプレーで11回目。Rnさんはまだあまりプレーしてないと言う。
桜コース1番ミドル。
Nkさんは運転間違いで動揺したかミスショット。(クリックすると拡大)
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2番ショート。ここまではまあまあ。
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ところが3番ロングでOB。
5番ショートもミスる。
Nkさんは次第に調子を上げてくる。
Rnさんは綺麗なフォームで安定してきた。
私は、Nkさんがドライバが飛ぶようになりましたねと言われて、気分はいいんだが、アプローチが良くない。
9番ロング。
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前半終わってみれば、Rnさんと同スコア。
軽い昼食をとる。
百合コース。2番ロングでまたもOB。RnさんもOB。
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5番ミドル。Nkさんのナイスショット。Rnさんもナイスショット。
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後半ドライバショットは好調だったが、アプローチの乱れとグリーンが難しくて思う様にならず。
上がってみれば、わずかにRnさんに差をつけて面目を保ったのが救い。Nkさんは後半、伸び悩み不満足な結果。
綺麗なコースで手入れも良くされており、気持ちの良いコースだった。
お風呂に入り、軽く食事をして帰路に着く。
また秋にしましょうと約束をして別れる。

伝説の古墳を囲む植田かな

庭のアスチルベ。
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大門句会。兼題はあゆか先生からの
「植田」 田植、早苗饗、早乙女など田植え関連の季語。
「舟虫」
「実梅」 梅の実、青梅
「縁」 えにし、ゆかり、出合い
選句は何時もながらSさんにして貰う。Sさんがいない時は、自分で選句して持っていくが、どうも確率が悪い。
近所の菊みたいな黄花コスモスみたいな花。
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チロリアンハット。
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句会に参加。何時もながら三四郎さんが幹事。今回の主催はあゆか先生。
参加者は、勝山さん、はなさん、のり子さん、馬空さん、遊介さん、さらさん、糸さんの10名。
何と特選に選ばれた。これで二か月連続特選。
伝説の古墳を囲む植田かな  光
あゆか先生特選、のり子さん、馬空さん選。
句評:太古の昔から農耕が延々とつながっており、一面浮き出た情景。
三四郎さんから古墳に伝説はつきもの、説明的になってると。ここらは難しい。
:古墳は家の近所でも良くある。古墳を囲む植田は写真などで見ただけだが、近所の古墳と結び付けて詠んでみた。
夏山やこれもご縁と水を分け  光
あゆか先生、三四郎さん、勝山さん選。
句評:腰を下ろした隣りあわせの人に水を分ける。ご縁が上手く使われている。
:これは山では時々見かける。私は水を貰う方。
夏菊や縁薄き子の一周忌  光
三四郎さん、遊介さん選。
句評:夏菊が嵌ってる。小さい夏菊を持って来て、哀悼の意を表してる。
数えても庭の実梅の少なさよ  光
:我が家の梅の実感。
舟虫が逃げるついでにチクリ噛み  光
:舟虫は噛まないでしょうと言われてしまったが、間違いなく噛む。噛まれたことある。皆が知らない事は選句されにくい。
私の選句。
雷に打たれし如く出会いたり  さら
あゆか先生、三四郎さん、遊介さん、糸さん、光選。
句評:一瞬の出会い。あこがれ。 
私(とSさん)の事を詠んで貰ったみたいと言ったら大笑い。誰かがてっきり私の句だと思ったと。
人去りし植田の隅に余り苗  勝山
あゆか先生、馬空さん、さらさん、のり子さん、はなさん、光選
葉の裏に取り忘れたる実梅かな  さら
あゆか先生、三四郎さん、馬空さん、勝山さん、のり子さん、光選。
ゆらゆらと棚田に波紋南風吹く  糸
あゆか先生、三四郎さん、馬空さん、光選。
特選句。
青梅や村の悪がきたむろして  三四郎
あゆか先生特選、遊介さん、さらさん選。
蟻眺む句会の縁出来てより  のり子
あゆか先生特選、三四郎さん選。
楽しかった。
また吟行しようと言う話が出ており楽しい。吟行は苦吟の最たるものだが、楽しいから不思議。
帰って、Sさんに報告したらにんまり。

御座山

YY会の御座山(おぐらさん)に登る。
八王子駅南口の路上で待ち合わせ。初参加は、Kmさん、Rnさん、Oyさん。待ち合わせ場所がわからないだろうと何時もより、早目に行く。Rnさんは場所を探し当てたが、Kmさんは迷ったようなので、場所に誘導。最後にOyさんも待ち合わせて誘導。
KmさんはYY会創立のきっかけとなった八ヶ岳登山をImさんと一緒に登った仲間。お子さんを実家に預けて参加してくれた。登山スタイルがばっちり決まってる。風邪をひいてしまったらしくて声が枯れている。
Rnさんは水曜会Ydさんの夫人。Yd邸の花見の会の時に、お誘いしたら参加してくれた。
Oyさんはこまくさの会のメンバ。Isさんから山に登ってると聞いて、参加してくれた。こまくさの会ではかなり健脚。
今回の参加者は17名。女性が4名と何時もより多い。秦野組がMn車に5名(Mnさん、Hoさん、Ksさん、Hgさん)のってやって来る。昨日も登ってるKdさんが現地集合。八王子組はリーダーのImさんの車にKmさん、Oyさん、私。Mz車にDmさん、Nkさん,Rnさん。Sk車にKhさん、Osさん。
出発。ところが途中で事故渋滞があり大幅に遅れる。現地の駐車場には、既にKdさんもMn車も到着。
時間がたっぷりあったので、後部座席ではKmさんとOyさんが韓国ドラマに花が咲いてる。
ようやく到着。駐車場は狭く路上に止める。
「御座山(おぐらさん)は、長野県南佐久郡北相木村と南相木村とにまたがる山である。標高は2,112メートル。関東地方と中部地方の境になり、東京都・埼玉県・群馬県・長野県・山梨県に広がる関東山地に属している。日本二百名山のひとつでもある。
頂上は南北に細長い岩場になっており、360度の視界が開けている。・・・6月にシャクナゲの花が満開になる。」
登山口。(クリックすると拡大)
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Hoさんは海外旅行の後お腹を壊してあまり調子よくないと言う。
Nkさんは半ズボン。山で膝を痛めたとサポーターをしてる。ゴルフやり過ぎじゃないのかと言ったら違うと言う。
1時間ほど予定より遅れて11時半に出発。天候は曇りで凌ぎやすい。
一昨日のオ事OB会と二次会で飲み過ぎて調子がいまいちわからない。
少しの間だけ沢筋を歩き、すぐにカラマツの植林地に入る。唐沢の右岸に沿った急勾配が続く。
いきなりの急勾配なので息が苦しい。先頭は昨日も登ってるKdさん。最長老Dmさんは何時もながら早い。Kmさんが果敢について行く。Oyさんも前を歩く。後詰はMnさん、Skさん。
蜩が鳴いている。もう夏が終わりみたいな感じ。
12時頃休息。汗びっしょりになる。久しぶりの登山のKmさんは快調。Rnさんはスピードの速さにかなりまいってるようだ。
不動の滝で休憩昼食。12時13分。滝の高さは7~8mか。
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3分ほど遅れてRnさんと後詰のMnさん、Skさん、Khさんが到着。
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昼食で元気回復。
蜩が鳴かなくなったら山ツツジが見えてきた。12時35分。傍にいたKsさんが美しいと言う。
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段々岩が多くなってくる。登りもきつい。予想していたよりもきつい。汗ダラダラ。13時13分。
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岩場を登る鎖場。13時16分。
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鎖場の先は展望が開けて一息つく。
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御岳社の祠と錆びた鉄剣がまつられた2040m峰(前御座山)のピークでお参り。
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ここから降る。もったいない。
13時32分御座山の頂上が見えてきた。
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一旦木の根をつかむような急坂を降りてから登りに入る。
お目当ての石楠花が咲いている。13時42分。
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イワカガミが綺麗。
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ようやく頂上到着。万歳。13時55分。
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2時間の予定が、3時間近くかかってしまった。昼食30分を除いても2時間半と30分オーバー。
後続はかなり遅れて到着。
急な岩場で足元を見ると恐ろしい。
頂上で記念撮影した後、恒例のKhさんのバーナーでお湯を沸かし、珈琲を飲む。実に美味い。山頂の珈琲が美味いのは何故だろうか。Knさんが運んでくれる。二杯も飲んでしまった。
Skさんのザックを持ったら重い。私の3倍はある。水をいっぱい持って来てるようでRnさんに譲ってあげたり、珈琲用に使ってる。
Kmさんと一緒に記念撮影。久しぶりに一緒に登れて嬉しい。
頂上の石楠花。
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イワカガミ。
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山頂は秩父の山々や八ヶ岳が見えてるはずだがもやっていて良く見えない。
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14時30分過ぎに降りだす。
先頭はImさん。続いてKdさん、Dmさん、Kmさん。凄いスピードで追いつけない。若手のHgさんに抜かれる。
石楠花ともお別れ。
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15時20分。不動の滝に到着。1時間のところ先発隊は40分、私は頑張って50分。後続も標準タイム1時間で到着。降りは元気が出てきた。
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休憩してから出発。Imリーダーはさっき飛ばし過ぎたと反省して私の後に着けてくれた。前を行くKdさん、Dmさん、Kmさんには離される。Dmさんは半分走ってる。追いかけるのを止めた。
16時10分に登山口に到着。
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全員無事に到着。思ったより登りでがあって楽しかった。
何時もながらImリーダーの計画と実行のお蔭である。
Kmさんの健脚ぶりに驚く。Hoさんも体調不良にもかかわらず最後まで頑張った。最初にくたびれたRnさんも頑張った。
今更ながらKdさんと最長老Dmさんの健脚ぶりには驚かされた。
百名山が残り10位に迫ってるMnさん、山ガール(と言うと怒られるが)のSkさんは頼りになる。
若手のKsさん、Hgさん、Osさんは今回も良く参加してくれた。
富士登山に嵌ってるKhさん。何時も珈琲ありがとう。
車の運転はMzさん。毎回お酒を我慢して送ってくれる。二日前の二次会には付き合わされてまいった。
Nkさんはサポーターの効果で痛くなかったと言う。
仕事が終わって、愛知に帰るKnさんは、今回がYY会の最後の参加。次からは愛知の低山を登る会に参加。
Oyさんは初参加で、皆の速さに驚いていたが、ご自身も早かった。
信州の秘境、南相木渓谷に位置する施設、滝見の湯に向かう。
帰りの時間もあるので、女性陣に最長45分と声をかける。「犬ころの滝」が見えるとの事であったが、残念ながら、女湯からしか見えないよと風呂に入ってた若者が教えてくれた。露天風呂と内湯を楽しむ。
あがって宴会。まずは麦酒。傍にSkさん、Kmさん、Knさんがいる。車運転のIwリーダー、Mzさん、Skさん、Mnさんには(ソフトドリンクで)申し訳ないが我々は麦酒で乾杯。
話が随分はずんでいたが、ついお酒の話になって、若い頃はお酒が飲めないと思い、全く飲まなかったと言ったら、Skさん、Kmさんは驚く。祖父も父も全くの下戸だったので自分も飲めないと思い宴会では何時もジュースを飲んでいた。課長位になった時に、新しい製品を出荷するのに検査が合格せずに出荷出来ない。検査課長にいくら条件提示しても、NG。お客とは明日朝と約束してるし、車は待たせている。深夜までの何度かの交渉の後、どうにも困ってしまって、どうしたら出荷できますかと聞いたら、酒を一緒に飲むなら出荷してやると言われ、ええっ私は飲めませんと言ったら、じゃああきらめなと言われてしまった。止む無く深夜に開いてる店で検査課長と酒を酌み交わした。完全に酔ってしまい前後不覚になったが、頭の隅でなんだ飲めるんだと思っていた。それから接待が多くなったが幾分でも飲めるようになって、Ikさん(当時の検査課長)には感謝してる。
検査は大変だっと言う話をしたら、真髄、検査(QA)のKnさんを刺激したらしくて、検査の心がけみたいな精神論(純粋なのは脱帽)をべらべらしゃべられてしまった。口は災いの元。Kmさんと久しぶりに積もる話をしたり、Skさんと農鳥山の話をしようと思ったが出来なかった。
時間が来たので散会。帰りは眠るかと思ったがIwさんと話して寝込まなかった。(寝たかもしれないが記憶がない。)

疲れ休み 二日酔い

庭のギボウシの花が咲いた。(クリックすると拡大)
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アーカンサスの花。名古屋から瀬戸、横浜と移植したが長生きで元気。
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来客あり。Sさんと対応。Sさんはその後外出。
昨日、オ事OB会で二次会に付き合ってしまい二日酔い気味。今日は疲れたので出かけるのを止めて、明日の山行きに備える。
明後日の大門句会用に苦吟。なんだかやっつけだなあと思いつつ頭を捻る。
その後、歌の練習。
でんごんばんの作成、整理。
それだけで一日が過ぎる。疲れ休みになって良かった。




オ事OB会

庭のツルハナナス。(クリックすると拡大)咲し芽より育ててようやく花が咲いた。以前のツルハナナスは枯れてしまった。
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ヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)。
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オキザリス・デッペイ。
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オキザリス。
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アメリカンブルー。
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ディモルホォセカ(アフリカきんせんか )。
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タマサンゴの花。
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オ事OB会に出かける。
現役の海老名時代、最も私が苦しかったころの仲間たち。
場所はいけ増。ちょっと迷ったが到着。
Nmさん幹事で19名参加。
10年間Tyさんが名幹事をして、その後Skさんに交代。ところが会が開かれないので、Nmさんに交代して貰った。なかなかの幹事ぶりである。入社したころは、酔うと裸になる癖があったが今や会社の幹部になってる。
忙しい中、Szさんが来てくれて、私がHyさんを通じてお願いしたことが何とかなるかもしれないと言ってくれほっとする。役員を長く務めてきたが、そろそろ終わりという。
Hyさん。新婚ほやほや。後でわかったが、自分が主宰してる会議を抜け出して参加してくれたようだ。会議に出席して発表があったので参加できなかったOkさんが何時の間にやら、主催者のHyさんが消えていたと後でメール。
Htさん、紅一点。ゴルフ大好き。この前一緒した時は、同じティーで打ってオーバーされ、スコアも連敗した。
Mzさん。この会の常連。私に世話になったと言ってくれているが、現役時代は大変救って貰って感謝している。YY会の常連でもあり、嬉しい。
Ykさん、そもそもこの会を立ち上げてくれた一人。YY会の仲間だが、山は逃げ回る。ゴルフは社長退任後ますます腕を上げてきた。
Tkさん、海老名時代はMzさんと一緒に仕事をしていた。ゴルフも一緒して楽しかった。
Iwさん、久しぶりの参加。学生時代ワンゲルをしていたので、山に誘ったが、きついと言って乗ってこなかった。近所の人との交流が盛んなようだ。私が出来ていないこと。
Ktさん、立派な髭を生やしてる。もうすぐ孫が生まれる。嫌われるといけないので剃ると言う。
Okさん、ようやく卒業した。営業の神様。料理は名人。ゴルフ好きでよくハワイに行く。何をやるか考慮中というので俳句をしたらと言っておいた。
Kgさんは現役復帰で、営業活動をこの会でも行い立派。やはり背広にネクタイが似合う。
Ngさんは初参加。立派な口ひげをはやしてる。冬山も登ってると言うので、YY会に誘うよう言っておいた。
Hcさんは、新しい仕事の話を紹介。私が乾杯の挨拶と、近況報告を司会のNkさんに従って手短にしたら、随分、素直になりましたねと言う。元から素直だよと言い返す。
Mdさんは最若手。入った頃と印象が全く変わらないが、話す内容はそれなりにしっかりしてる。
Hoさん。今日は欠席のTgさんが欠席の理由を説明。Tgさんは100歳を超えたお父さんの面倒を見ていて来れないと言う。
Skさんは奥さんが倒れて、回復途上。素敵な若い奥さんで、Sさんが会った時に、これは大事にしないと直ぐに振られるわよと言ったみたいで、まだ続いてますと自慢する。
Tyさん、この会は皆勤。ゴルフ大好き。病気をしたが回復してきた。
Abさんは久しぶりの参加。長野か山梨の勤務のようだ。わざわざ来てくれた。
こういう集まりは大好き。オーラを一杯貰って元気になれる。苦しかった時の仲間は何時までも大切。
最後にYkさんの〆で終わる。
何時の様にいけ増の前で記念撮影。
ここから二次会にMzさんに誘われる。本来は2次会は行かないことにしてるが、Mzさんの頼みなので出かける。一緒にHtさん、Tkさん、Hcさんがいる。赤ワインと日本酒を飲んで出来上がってしまった。

コンポジションf

庭のアスチルベ。(クリックすると拡大)
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Sさんと一緒にMn夫人が出展している神奈川二科展に出かける。
近所の孔雀サボテン。
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ミッキーマウス。
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ゼラニューム。
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横浜海岸教会。「1871年(明治4年)5月にアメリカ人宣教師サミュエル・R・ブラウンとジェームズ・H・バラにより、 現在の横浜海岸教会の地に石造の小会堂が建てられました。 1872年(明治5年)3月に、 日本人信者による最初のプロテスタント教会である日本基督公会(通称:横浜公会)が設立され、 1875年(明治8年)には大会堂が建設されて横浜海岸教会と改称されました。・・・」
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神奈川県民ホールに到着。
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Mn夫人の絵は特徴があるので、Sさんは直ぐに見つける。「コンポジションf」
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しばし鑑賞。
全体の絵も見て回る。最後に再び、Mn夫人の絵を観賞して帰る。
山下公園の近くなので、そちらまで足を延ばす。
大きなクルージング用の船が停泊してる。
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Sさんがエイよと叫ぶ。まさかと思ったが、確かにエイが泳いでる。写真は上手く撮れなかった。ゆうゆうと泳いで見えなくなった。(後でネットで調べたら、山下公園でエイを見たと言う情報が載っていた。やはりエイだった。)凄ーい凄ーい。興奮しちゃう。
横浜ベイブリッジ。
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山下公園を散策。カメラマンのおじさんが散見。向こうに見えるのは氷川丸。
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綺麗な歌壇。
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噴水。「円形の噴水池の中心に建てられた像は、横浜市の姉妹都市であるアメリカ・サンディエゴ市から1978年に贈られた「水の守護神」」
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氷川丸。「氷川丸は、日本郵船が1930年に竣工させた日本の12,000t級貨客船。北太平洋航路で長らく運航された。横浜市で博物館船として公開されている。」
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お腹が空いたので中華街に向かう。途中に横浜天主堂跡がある。「1862(文久2)年、近代日本最初の教会である天主堂が建設された地。現在の山手カトリック教会の前身。創建100年を記念して1962(昭和37)、横浜天主堂遺跡顕彰委員会によりキリスト像を建立。」
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中華街のおかゆ屋に入る。Sさんごひいきのお店。
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牛筋おかゆに豚足を頼む。豚足は手をべたべたにして食べる。実に美味い。
中華街を散策。一時よりは大分人が減ってる。Sさんが随分代替わりしてるわよと言う。
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関帝廟。「日本が開国して横浜の港が開かれたのは、幕末の1859年。多くの中国人が商人や職人として横浜を訪れ、外国人居留地(現山下町)で暮らすようになります。それからわずか数年後の1862年、一人の中国人が關羽の木像を抱いて、現在の地にささやかな祠を開いたといわれます。これが横浜の關帝廟の始まりです。  故郷を離れての暮らしには不安が募ります。關羽の祠は日々の暮らしの安寧や商売繁盛を願う華僑の心の拠りどころとなっていきます。1871年、華僑たちの募金によって、本格的な關帝廟が建立されました。・・・」
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Sさんは映画を見に行くと言う。始まるまでに時間があるので、珈琲を飲みながら談笑。至福のひと時。
別れて、Sさんは映画、私は床屋に行く。

小淵沢CC

昨夜早々と眠ったので、早朝目が覚める。ロッジが開くのを待って散策に出かける。
ロッジ。(クリックすると拡大)
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甲斐駒ケ岳が良く見える。
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反対側は八ヶ岳。
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朝食をレストランで取る。レストランからの南アルプス。
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インスタート。一緒に回るのはYnさん、Krさん、Mnさん。Ynさんはここのメンバで月例会に出ている。コースは知り尽くしてる。
TmさんからYnさんをけん制してねと頼まれる。こういうのは不得手。
Inスタート。10番ミドル。
まあまあの滑り出し。
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13番ロングまでは調子よく、Ynさんから調子いいですねえと言われる。その内、大崩れしますよと答える。
向こうに見えるのは南アルプス。
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言ってるうちに14番ショートで大崩れ。
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その後、盛り返そうと頑張ったが、18番ロングで大叩きして万事休す。
ドライバショットが気持ち良く打ててるのが唯一の救い。
Ynさんは絶好調。ゴルフの話はしないと言いつつも、盛んに話す。
Krさんは腕が痛いと言いつつ、打つ時はパンチショットで力強い。
Mnさんは一時調子が悪かったそうだが、復活してきた。
Ynさんが私のコーラス練習を考慮してスルーにしてくれた。
トチノキの花。
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1番ロングで大叩きして意欲をくじかれる。
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ショットはまずまずだが、アプローチがさっぱり。6番ショート。
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途中、信玄の棒道がある。
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終わった。何時も通りのスコアで小淵沢CCとしては普通の出来。
Ynさんが風呂に入って、表彰式に出る時間があるよと言ってくれたので風呂に入る。
ベスグロ優勝、Hrさん。
準優勝、Tmさん。
3位、Mnさん。私はやっとBBを免れて8位。
あわただしいが、皆と別れて、Ynさんが呼んでくれた送迎バスで、小淵沢駅に向かう。Ngさんも一緒。
車中、Ngさん夫妻とTmさん、Sさんとご一緒する10月の12日間の米国旅行についていろいろ相談。
Shenandoah 国立公園 のロッジ(Big Meadows)は、2連泊を計画したが、既に満杯で1泊しか取れなかったと言う。飛行機、ホテルとも予約はほぼ済んでる。Ngさん、Tmさん頼りで我々夫婦は引っ付いでいくだけ。
一旦家に帰って、水曜会に出かける。
前にYk先生が歩いていたので、間に合ったと思う。
発声練習。
「木とともに人とともに」三善晃作曲、谷川俊太郎作詩。
良く注意されている強弱。「こえをこえをもとめてこーえを」>mp mf
「わらいとなみだなみだひととひとと」>mf cresc.
「うたごえのせいざ」4声そろえる。
「こえ こえ こえー」の♯が上がってない。
楽譜を見ないで歌うと言葉はどうやら覚えたが、強弱が覚えきれてない。
「空」
難曲。後半特にダメ。後半は楽譜を見ないと間違える。
「生きる」
リズムに乗りさえすれば、暗譜で歌える。
休憩。
団長挨拶。暗譜はいよいよ追い込み。アクセント、>に注意。
合宿はごくろうさん。
Hmさんより来年の直前合宿は6月7日8日。また大学の同期会とぶつかった。
6月11日選曲委員会。これに出て記事を書いてから「でんごんばん」を完成させよう。今月号は演奏会特集なのであまり遅らせたくない。12日完成が目標。
6月15日(土)強化練習5時間。きつそう。
「おしまずき抒抄」大中恩作曲、北島万紀子作詩。
「夙」
「凪」
「ほのかにあまい」の「あまい」は抑え目に。
「風」
「凧」
「凩」
「鳳凰」
「むねたかくかかげたー」><の強弱。
「あのまいを」>
「いまもまいまう」>
飲み会は迷ったが、しばらく参加してないので参加。
席が空いてなかったので準備してる間に何人か帰る。
人数が少なかったのに料理が多く食べきれず。
Yk先生参加。Ynさんと阪神情報交換。Mrさん、Smさん、Ikさんなどとしゃべる。端に座ってたので、終わりころになってHmさんにあらいたのと言われてしまう。
何かしゃべったが忘れてしまった。たいした話ではなかったんだろう。

ぴんころ地蔵

水曜会演奏会のチラシ。
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昨年は、30名近い方に聞きに来て頂いたが、今年は40名を超えてしまった。音楽に携わった人はほとんどいないので、最初に来るときは、私が歌ってるんだからたいしたことないと思ってくるが、一度聞くと素晴らしいと言ってくれて、次からまた来てくれる。ありがたいことである。
それにしてもまだ暗譜が思うように進んでいない。
庭のスモークツリー。(クリックすると拡大)
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ムラサキツユクサ。
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チェリーセージ。
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一柿会に出かける。この会の名前はNd先輩が大門句会で初めて特選を貰った私の句
夕暮や山道下り柿ひとつ   光
から一柿会とつけて頂いた。出席率があまり良くないので、心苦しい。今日は宴会泊りで明日、ゴルフ。ところが明日は水曜会の練習。Yn幹事にゴルフ終了後、引き返して水曜会の練習に出たいと申し入れて、早目のプレーにして貰う。
電車で小淵沢の駅に向かう。電車組はNzさん、Azさんと私。他は4台の車で来る。参加者11名。
駅に集結して小淵沢CCのロッジに向かう。荷物を預ける。
ロッジの石楠花。
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行く途中で南アルプスが見える。
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地元のTrさん紹介の信州蕎麦屋で昼食。
Trさんの案内でピンコロ地蔵に向かう。
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「成田山参道にある「ぴんころ地蔵尊」。 一度聞いたら耳に残るユニークな響きのお地蔵さんは、高さ約1m、直径約60cmで、2003年(平成15年)9月に建立されました。やさしく微笑みながら、ほほに右手を添えた愛らしい姿が印象的で、健康長寿にあやかろうと県内外から多くの人が“ぴんころ詣”に訪れる、全国的にも有名な観光スポットです。 お地蔵さんの名前は、健康のまま天寿を全うする意味の“健康で長生きし(ぴんぴん)寝込まず楽に大往生する(ころ)”をヒントに命名されました。デザインは、ふっくらとした石仏作品で知られる愛媛県今治市の作家「馬越正八」さんの作品で、欧州産の御影石を使用し、なんとも微笑ましい姿で、今では健康・長寿のシンボルとなっております。」
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お参り。実に可愛らしい。ぴんぴんして適当な時にころりと行きたいものだ。
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お寺に参拝。野沢成田山薬師寺。
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記念撮影。最初私が撮り、次にAzさんが撮って、後でTmさんが写真合成する。
お土産にピンコロ地蔵のお守りをSさんに買う。
帰り道のチングルマ。
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温泉組と、ロッジ帰宅組と別れる。Trさん誘導で、Mn車、Hr車と続いたが、温泉になかなかつかない。ようやくついたが入浴すると食事をする萌木の村の送迎車がロッジに来る時間に間に合わないとTrさんが判断し、あきらめて帰る。
風呂に入れず残念。
ロッジで一休みして、萌木の村の送迎車に乗って出発。
行くのはTrさんが予約してくれた萌木の村「ROCK」。
なかなか雰囲気の良いお店。
まずは地ビールで乾杯。
幹事のYnさんは諸先輩を良くまとめている。シエークスピアの研究?をしてる。源氏物語もだったかなあ。
大先輩のKsさん、内気で口下手と自らおっしゃるが、良くお話になる。独特の語り。
同じく大先輩、Ndさん。医学に通じていて、健康管理は素晴らしい。ちょっと毒舌だが、実に若々しい。
お二人とも年齢を聞くとびっくりする若々しさ。
地元のTrさん。会社生活が終わったら、奥さんとこの地に移る。奥さんは染色家で自らはパステル画を描く。東京で集まりがあると新幹線で来る。
Tmさんは、私と一緒にYnさんに100を超えるのはゴルフじゃないと散々言われて、Ynさんが越えたら二人にお詫びの品を貰う事になってる。Ynさんはずっと頑張って来たが、この頃、気力が失せたか時々超えてるらしい。TmさんはYnさんの上司だったが、遠慮なく話し、仲が良い。
Mnさんは山とスキーの仲間。愛妻家。論語の探求をする。
Ngさんはゴルフ大好き人間。奥さんと一緒に回る。仲が良い。今秋のアメリカ旅行にご一緒する。
Hrさんは名プレーヤー。社長退任してからますます快調。もう40年以上の付き合い。
Igさんは米国滞在中かなり苦労した。私にも責任があるので心苦しい。奥様を亡くされ心配したが娘さんと同居して元気そうで安心した。
Azさんは、脚腰を痛めたらしくて以前ほどではないがゴルフ好き。
この集まりは、皆声が大きくて騒々しいことこの上ない。席が他から離れていて良かった。
帰りも送迎車で送って貰う。食事も地ビールもワインも美味しかった。M会でもここを使おうと思う。
帰ってから、宴会が始まったが、疲れてしまい同室のAzさんに後で行くよと言って阪神タイガースをTVで見たら、ぼろ負け。点が入らないかと見ていたが、点が入らずうとうとしてしまう。まままよと寝る。

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