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2013-03

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日光東照宮

Sさんが4月から日光東照宮の陽明門などが修理で見れなくなると言うので、その前にと出かけることにした。
日吉の駅は、副都心線相互乗り入れ後何日の看板が祝開始に代わってる。(クリックすると拡大)
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行き先に和光市の表示が出てる。
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浅草から、東武線快速で日光に向かう。後でわかったが、特急を使わないと随分時間がかかってしまう。
駅から雪山が見える男体山かなあ。重装備の登山者がいる。
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バスで東照宮に向かう。外人客が多い。中国人、韓国人、西洋人、東南アジア系など様々。ぎゅうずめで1台見送る。降りると結構寒い。
まずは共通券を買って、修理中の日光山 総本堂 三仏堂に入る。
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「日光山は天平神護二年(766年)に勝道上人により開山されました。以来、平安時代には空海、円仁ら高僧の来山伝説が伝えられ、鎌倉時代には源頼朝公の寄進などが行われ、関東の一大霊場として栄えました。 江戸時代になると家康公の東照宮や、三代将軍家光公の大猷院廟が建立され、日光山の大本堂である三仏堂と共にその威容を今に伝えております。」「輪王寺の本堂は日光山随一、東日本では最も大きな木造の建物で、平安時代に創建された、全国でも数少ない天台密教形式のお堂です。現在の建物は、正保2(1645)年、徳川三代将軍「家光」公によって建て替えられました。三仏堂の内陣には、日光三社権現本地仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)という三体の大仏さま(高さ8.5メートル)と、東照三社権現本地仏(薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来)という掛仏の、2組の三尊仏がご本尊さまとしてお祀りされています。」
お坊さんによる説明を聞きながら、仏様のお参りをする。
「相輪塔:輪王寺三仏堂の後方にある、高さ13mの青銅製の供養塔。1643年(寛永20)、徳川3代将軍家光の命を受け、天海大僧正が比叡山の相輪塔にならって造立したといわれる。塔内には1000部の経典を収蔵。4本の副柱に支えられた塔身には24個の金鈴と金瓔珞[ようらく]の装飾が施され、この鈴風にあたると、人間はもちろん鳥獣草木に至るまで仏の功徳を受けられるといわれる。」説明する僧が風の強い日に聞いたことがあると言う。
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「大護摩堂 日光山随一の護摩祈願所です。 大護摩堂の内陣には、ご本尊「五大明王」(平安中期作)を中心に、「七福神」や「十二天」など30躰の仏さまや祖師像がお祀りされています。」
説明では世界遺産以後、木造で護摩をたくのは危険と言う事で鉄筋コンクリートになった。
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東照宮の「現在の社殿群は、そのほとんどがご鎮座から20年後の寛永13年(1636)に建て替えられたものです。陽明門(国宝)など55棟、その費用は、金56万8千両、銀百貫匁、米千石(『日光山東照大権現様御造営御目録』より)を要し、ご造営の総責任者には秋元但馬守泰朝、工事や大工の総責任者には大棟梁甲良豊後宗広があたり、わずか1年5ヶ月の工期で完成しました。 境内の特徴は、自然の地形を生かした参道や階段を用い、バランス良く配置された社殿群が荘厳な宗教的空間をつくりだしていることにあります。さらに建物には、漆や極彩色がほどこされ、柱などには数多くの彫刻が飾られていますが、これらは単なるデザインではなく、信仰形態や学問・思想があらわされています。 また、これらの社殿群は平成11年12月「世界文化遺産」に登録されました。」とのこと。
「石鳥居【重文】 ご鎮座翌年の元和4年(1618)、九州筑前(福岡県)藩主黒田長政公によって奉納されました。石材は、まず九州から船で小山まで運ばれ、その後陸路人力でこの日光まで運ばれました。」
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「五重塔【重文】 慶安3年(1648)若狭の国(福井県)小浜藩主酒井忠勝公によって奉納されました。文化12年火災にあいましたが、その後文政元年(1818)に同藩主酒井忠進公によって再建されました。」
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「五重塔の初重(一層目)の内部の金に彩られた心柱等がご覧になれます。また、初重外回りの十二支の彫刻がご覧になれます。」と言う事なので拝観料を払って見学。
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心柱が見える。
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「表門【重文】 東照宮最初の門で、左右に仁王像が安置されているところから仁王門とも呼ばれています。」仁王様は色が剥げていて痛々しい。
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「三神庫【重文】 上神庫・中神庫・下神庫を総称して三神庫と言い、この中には春秋渡御祭「百物揃千人武者行列」で使用される馬具や装束類が収められています。」雪がまだ残っている。 寒いはずだ。
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「神厩舎・三猿【重文】 神厩舎は、ご神馬をつなぐ厩です。昔から猿が馬を守るとされているところから、長押上には猿の彫刻が8面あり、人間の一生が風刺されています。中でも「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻が有名です。」
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見ざる・言わざる・聞かざるのお猿さん。
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陽明門に向かう。
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「陽明門【国宝】 日本を代表する最も美しい門で、宮中正門の名をいただいたと伝えられています。いつまで見ていても見飽きないところから「日暮の門」ともよばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻がほどこされています。」
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陽明門の彫刻の数々。「陽明門に施された唐子や聖人・賢人などの彫刻。唐子の知恵遊びや、中国の故事・逸話を題材にしたものが多く、家康公の理想を表したと言われている。」目移りして焦点が定まらない。
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「裏側の左手2番目の柱は"魔除けの逆柱"と呼ばれグリ紋の向きが逆で、"完成した瞬間から崩壊が始まる。"という古事からわざと未完成の部分を残しているそうです。日光東照宮陽明門は国宝に指定されています。」Sさんに教えられて初めて知る。良く見てなるほど逆と気が付く。
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「廻廊(かいろう)【国宝】 陽明門の左右に延びる建物で、外壁には我が国最大級の花鳥の彫刻が飾られています。いずれも一枚板の透かし彫りには、極彩色がほどこされています。」
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「唐門(からもん)【国宝】 全体が胡粉で白く塗られ、「許由と巣父」や「舜帝朝見の儀」など細かい彫刻がほどこされています。」
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「唐門正面の上部にある「舜帝朝見の儀」の彫刻。1本のケヤキに4列27人の人物が彫られている」
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「唐門の門柱にある寄せ木細工で作られた昇竜の迫力ある顔」これもSさんに指摘されてパチリ。
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「坂下門手前のくぐり門上部にあり江戸前期の名工・左甚五郎の作と伝わる彫刻。うたた寝する猫の裏側には楽しそうに遊ぶ雀の彫刻があり、この2つで「平和」を表しているという。」
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坂下門。
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奥ノ院への階段を進む。階段が多いのと杉花粉が風に吹かれて舞い散るのとで、マスクして人が多く、くしゃみやぜいぜい言う人が多数。
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「奥宮【重文】 拝殿・鋳抜門・御宝塔からなる御祭神のお墓所です。」やっと到達。くたびれて休んでる人多し。
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参拝。
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「奥社宝塔 宝塔に納められているのは家康公の神柩。建立以来、一度も開けられたことがない。」
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願いをかなえてくれるといわれる叶杉でお参り。人気で行列が出来ている。
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再び階段を下りて戻る。足の鍛錬になるので早足で降りる。
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「祈祷殿【重文】 結婚式や初宮などのご祈祷が行われます。」
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鳥の彫刻が美しい。
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「本尊が薬師瑠璃光如来(薬師如来)であることから「薬師堂」、また乱世を鎮めた家康公が薬師如来の生まれ変わりと考えられたので、本来の仏(本地)をまつったことから「本地堂」と呼ばれる。 本地堂(薬師堂)の内陣天井に描かれているのが、有名な鳴竜。竜の頭の下で拍子木を打つと、天井と床が共鳴して鈴のような鳴き声に聞こえる。もとの絵は狩野永真安信の筆によるが、堂とともに焼失したため堅山南風画伯が復元した。」龍の下で僧が拍子木を打つと鈴のような龍の鳴き声が聞こえる。共鳴とわかっていても不思議。
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回転燈籠。
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二荒山神社へ移動。
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「今からざっと1200年以上も前の奈良時代の末、二荒山に神霊を感じた勝道上人が、大谷川の北岸に四本竜寺を建て、延暦9(790)年に本宮神社を建てた。二荒山神社のはじまりである。また、勝道上人はさまざまな難行苦行を積み、二荒山初登頂の大願を果たし、山頂に小さな祠をまつった。天応2(782)年のことであった。これが奥宮である。」
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夫婦杉。
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本殿。
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「神輿舎【重文】 春秋渡御祭(5月18日、10月17日)に使われる、三基の神輿(みこし)が納められています。」
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御神木。
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「二荒山神社大国殿 男体山の神、大己貴命を祀る神殿。」
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「二荒山神社二荒霊泉 滝尾神社境内に湧く「酒の泉」と恒霊山から湧く「薬師の霊水」の2つが流れ込む小さな泉。この水を飲むと眼病が治り、若返るとも言われる。」二人で一口頂く。
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日光三山を遥かに拝む。
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日光山輪王寺 大猷院に移動。「「大猷院」は、徳川三代将軍「家光公」の廟所です。先祖である家康公の廟所(東照宮)をしのいではならないという家光公の遺命によって、彩色や彫刻は、控え目に造られましたが、
かえってそれが重厚で落ち着いた雰囲気を醸し出しています。」
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「「仁王門」の左右には「金剛力士像」がまつられています。」
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「日光山輪王寺・大猷院二天門 八脚楼門入母屋造りの色彩豊かな門。左右に持国天と広目天の二天を安置していることから二天門と呼ばれる。背面には風神と雷神の像、獅子や足をもつ龍の彫刻もある。世界遺産・重要文化財。」
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広目天。
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雷神?
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龍。
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唐門。
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お腹が空いてへとへと。杉林を通って蕎麦屋に。
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蕎麦を食べて一息つく。
もう歩くのは止めとバス停に行く。ところが一本目のバスは満員で通過。次のバスを待つ間に、後ろに外人観光客の列ができる。ようやくバスが来てぎゅうずめの中に入り込む。赤ちゃんを連れたインド人の夫婦はあきらめて次のバスにする。
東武日光駅で良くわからずゴルフ帰りの人について一駅鈍行で隣の駅に行く。特急は全席指定だが、切符は改札まで行かないと買えない。もう時間がないので、電車の車掌に頼む。本来は切符を買って購入するのが筋だが、間に合いそうもない。車内で発行するからデッキで待つように言われる。ようやく指定席を貰って一安心。特急は早かった。
帰ってから、渋谷の駅がどうなってるか見たいと言って渋谷駅周りにする。
もう昨日までの渋谷駅は閉鎖。写真を撮る人が一杯いるのでそのためか電気はつけている。
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新しい渋谷駅は地下で遠かった。
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二人で良く歩いた。へとへとだったが有意義で楽しい東照宮だった。
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