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2011-12

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東南アジア史

目覚めが悪い。寝汗をかいている。咳痰がぶり返してきた。昨日、外出したのがいけなかったか。
しばらく様子を見たが、良くならない。今日は、久しぶりの勉強会の忘年会。非常に残念だが、Fmさんに電話して、欠席を伝える。
勉強会の資料を既に作成しているのでさわりを紹介する。最初はヴェトナム史を紹介しようと思ったが、入り組んでいて、東南アジア史のほうが良いと思い東南アジア史にした。与えられた時間が30分なので、古代史が中心。知らない歴史。
「東南アジア史
ここで扱う東南アジアという地域は「ベトナム、ラオス、カンボジア、フィリピン、カンボジア、タイ、ミャンマー(ビルマ)、ブルネイ、タイ、マレーシア、シンガポール」です。今のASEANと同じ区分です。
 この東南アジアという地域は、今では単純に一括りされますが、歴史的、文化的に見ればヴェトナムなど東方を中心とする中国文化の影響圏と、ミャンマーなど西部を中心とする、インド文化の影響圏に別れ、さらに宗教から見ると大陸部の仏教圏、インドネシア周辺島々のイスラム圏(元々は仏教圏。またフィリピンでは後にカトリック圏になる)に分類することが出来ます。そして、東南アジアを構成する民族。歴史的、言語的観点からは、大きく次の3つにわけられます。
 1つが、東南アジアに最も古くから住んでいる民族、モン・クメール語族です。これは、今のヴェトナムやカンボジアの原住民、モン族が代表です。
 2つめが、紀元前2000年頃より中国の華南地域より船に乗って南下して来た人達がいます。これが、マライ・ポリネシア語族で今のマレーシア、インドネシア、フィリピンの原住民、それからチャム人です。チャム人は今では少数民族ですが、かつてはチャンパーという大きな国を建てています。
 3つめが、それらよりかなり遅れて9~13世紀頃に、今の中国雲南省・貴州省より南下してきた人達、シナ・チベット語族です。この民族は今のタイ人、ミャンマー(ビルマ)人を形成しています。 
様々な国家の興亡
 まず、基本的に1000年近くまで北ヴェトナムは中国に支配されています。そして、東南アジア人の国として最初に登場したのがメコン川下流域すなわち現在にカンボジアあたりの扶南(ふなん)。これは、1世紀か2世紀~7世紀までありました。
 一方、南ヴェトナムにはチャンパーが2世紀から15世紀まで長く存在します。
 また同時期に、メコン川中流域よりカンボジア(クメール 真臘)が扶南より独立。さらに扶南を征服し強勢を誇ります。しかし8世紀に陸真臘(ラオス地域)と水真臘に分裂。さらにこれは802年にジャワバルマン2世という人物によって統一され、アンコール朝となります。そう、アンコール・ワットなど壮大な仏教建築を建造した王朝です。
 850年には、タイ北部でモン人によるドヴァーラヴァティーが成立。ちなみにこの時にはタイ人の祖先はまだ中国雲南省あたりにいました。 
 一方、北ヴェトナムでは982年、黎桓(レーホアン)という人物により中国から独立を果たします。そしてすぐにチャンパーに侵攻し、これをさらに南に追いやりました。」
東南アジアは、ヴェトナム、カンボジャ、タイ、シンガポール、マレーシアに行ったことがあり、親しみが持てる。しかしその歴史については、カンボジャのアンコールワットを見て、知ったくらいでほとんど未知であった。少し学べて良かった。
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